act.10 街の中へ

太陽がだいぶ昇った頃、ジーザスはルーナを連れてブリタナの街を見ることになった。

「ブリタナは広いからな…今日一日で回れるかどうか」
「そんなに広いのね…」

朝、屋敷へ来るまでに通った時はまだ人もまばらだった。ジーザスとルーナは徒歩で屋敷の道を下っていく。すると、人の多い大通りに出た。そこは様々な店が軒を連ね、商人や客が行き交う。

「こんなに人がいたのね…」
「ブリタナの住人もいるが、世界各地からやって来た商人達もいるからな」 「商人?」
「ブリタナは貿易の境目だ。貿易の中継地点にもなるし、ここから世界各国へ行くこともできる。だからここには多くの交易品が運ばれるんだ」
「へえ……」

店先に並ぶ食べ物や道具は確かに色々な国の名産品が多い。ジーザスとルーナが大通りを歩いていると、町の人々が彼らに気付く。

「ああ!ジーザス様!」
「ジーザスぼっちゃん!帰っていらしたんですか!」
「ジーザス様!」

ジーザスに気付くと人々は驚きと嬉しさを露にした。一人がジーザスの名を呼べばまわりにいる人々も気付き、わあっと歓声が上がる。ルーナはその様子に驚いた。

(町の人々はジーザス達を心から慕っているんだわ…)

ルーナはアーロンから聞いた話を思い出す。アーロンが言っていた、今までオズボーンファミリーが行ってきた善行。それにより、オズボーンファミリーを慕う者達がブリタナに集まって来たという事実。もうルーナはオズボーンファミリーを疑うことなどできなくなってきた。ジーザスは人々に少し笑みを浮かべながら応対する。

「ジーザス様、帰って来られたのですね!」
「ああ、昨日な…」
「ぼっちゃん、すっかり男らしくなったなぁ!」
「ところで、こちらの方は?」

漁師らしき男性の一人がルーナを見て言う。ジーザスは説明に困ったが、

「……ああ、ルーナだ。ちょっと訳あって俺が面倒見てる」
「よろしくお願いします」

きれいな動作で頭を下げ、挨拶をするルーナに一同は少なからず驚いた。そしてこの女性はきっと良い所の生まれか、きちんとした礼儀を教えられて育ったのだろう、と思ったに違いない。

「ジーザスぼっちゃんがこんな可愛い子を連れてくるなんて初めてだな」
「ホント、珍しいわぁ」
「べ、別にそういうんじゃねぇから……」

中年の男女にからかわれてジーザスは顔を真っ赤にして目を反らす。ルーナもつられて頬を染める。そんな二人が微笑ましく、人々は笑った。



ブリタナを歩いていると何度かそういうことが起き、ジーザスとルーナはすっかり顔が火照っていた。ブリタナは広く、店をのぞいたり、食事をしたり、様々な施設を見て回るうちにすっかり時間は過ぎて午後四時近くになっていく。冬の空の色が変わるのは早い。空が薄い水色から若干紫に変わりゆく頃、ジーザスはふと隣を歩くルーナを見つめてみる。ルーナは先程のこともあり、頬を僅かに染めているが相変わらず美しい。最近、彼女と距離が近付いた事もあり、以前よりも愛らしさが増したように見える。元々、美しいとは思っていたがそれはどこか冷たさを感じる美しさだった。しかし今見れば、どこかあどけなささえ感じるような魅力がある。彼女の真の気持ちや寂しさ、常に正義を追い求めようと強がっているものの、その裏に隠れた不安が見え隠れしている。

(…ルーナ……俺は……お前をもっと知りたいのか…?)

自分でもよくわかっていないジーザス。ただ、こんな女性は初めてだった。その時、ジーザスは街のアクセサリーショップを通り過ぎる時、ブリタナで有名な宝石『ブリタナブルー』のペンダントを見つけた。今まで女性に贈り物などしたことないし、する必要なんてないと思っていた。しかし、そのペンダントを見た瞬間、すぐに頭に浮かんだのはルーナに似合うだろう、という思いだった。

「ルーナ、ちょっとここで待っててくれないか?」
「えっ…?」
「すぐ終わるから、…ここにいてくれるか?」
「え、ええ…わかった…」

ジーザスが店に入ると、ルーナは店先の壁にもたれて深いため息をついた。

(…私、何をしているのかしら…敵を信じて…こんなところまで来てしまって…お父さん達…心配しているだろうな…)

以前のルーナだったら間違いなくジーザスをここまで信用しなかっただろうし、ブリタナにすら来なかっただろう。だが、今自分はここにいる…。何故なのか、よくわからない。しかし確実にオズボーンファミリーを認め、ジーザス・オズボーンに信頼を寄せ始めているのは間違いなかった。

(…お父さんが知ったら怒るだろうな…)

昔から不正義を許さなかった厳格な父に知れたら、オズボーンファミリーを壊滅させるために手を尽くすはず。今のルーナには、オズボーンファミリーを滅ぼす事はできなかった。あれだけの話を聞き、ここまで人々と関わってしまっては…。

(…看守失格…私、何をしているのかしら…)

その時、店からジーザスが出て来てルーナは壁から背を離す。ジーザスはルーナを見ると少し気恥ずかしそうに小さな箱を渡して来た。

「あ、あのよ…これ、お前に…」
「…えっ?私に?」
「ブリタナでは名が知れてるブリタナブルーっていう宝石だ。ひいじいさんの頃から、海辺の洞窟で採れる。外じゃかなりの高値になるらしいがな。…お前に似合うと思う」
「……私に…」

ルーナが箱を開けると、中にはシルバーの枠に輝く海のような色の宝石があしらわれたペンダントが。ブリタナブルーの色はルーナの瞳とよく似ていた。ルーナはどう反応して良いかわからなかったが、正直な気持ちをはっきりと言うことにした。

「…あ……ありがとう…」
「…べ、別に…」
「つけてみていい?」
「お、おお」
ルーナは箱からペンダントを取り出し、自ら首につけてみる。元々着ていた水色のワンピースとの色合いも合い、ルーナの美しさを引き立たせてくれる。僅かに笑みを浮かべてくれるルーナにジーザスも嬉しそうに微笑む。服役していたあの頃が嘘のようだ。

「似合う…かしら」
「ああ。服や目の色と合っていてすごく似合うよ…」
「…嬉しい」

互いにこういったやりとりをしたことがないため、どう言葉に表現していいかわからない。それでも、どこか心地よかった。そしてジーザスは一息をつくと、ルーナに言う。

「…ルーナ。聞いてほしいんだ…俺の話を」
「…話?」
「…俺が、何故この島を出たのか……ルーナに聞いてほしいんだ」

ジーザスの緑の瞳が真剣な眼差しを帯びる。空は完全に青みを帯びた紫に変わっていた。


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