act.12 ボスの継承

二人が屋敷に帰ると、構成員のスーツを着た若い青年二人が迎えた。

「お帰りなさいませ」
「ボスがお二人をお呼びです。居間へいらしてください」
「親父が…改めて何の用だろうな」

ジーザスは不審に思いながらも部下二人に言われた通り、居間へと向かう。すると、そこにはアーロン、ルーク、そしてルーナにとっては見覚えの無い赤毛の眼鏡をかけた若者がいた。

(あら…彼は一体誰かしら…見ない顔だけど)

その若者はジーザスを見るなり嬉しそうに笑い、ジーザスは彼を見て驚き、叫ぶ。

「ムイ!?」
「よっジーザス!久しぶりだなぁ」

ムイと呼ばれた若者は手を挙げて笑みを見せる。どうやら二人は旧知の仲らしい。アーロンがジーザスとルーナを席に座るよう促し、話し始める。

「よし、集まったな。これから重大な話をする。たまたまブリタナに帰ってきていたムイにも同席してもらうことになってな。…ああ、ルーナさん。この男はムイ・カルヴァスといって、ジーザスの幼なじみなんだよ」
「あ、君が噂の美人看守ちゃん?ハジメマシテ、俺はムイだ。一応ジーザスがガキの頃から知ってるんだぜー」
「よ、よろしく…」

これまたマフィアの関係者とは思えないくらい屈託の無い笑顔の若者――ムイ。赤毛にジーザスよりも鮮やかな緑の瞳をし、どことなく童顔、眼鏡をかけて少しインテリ系にも見える。するとアーロンがムイの紹介をする。

「ムイは俺の仲間…数年前までいた幹部の息子で、今はオズボーンファミリー傘下の組織カルヴァスのボスなんだ」
「えっ…」

やはり彼もまたマフィアだと判明し、ルーナは一瞬びくりとした。

「大丈夫大丈夫、オズボーンファミリーはいくつも小さな組織を傘下に置いてるんだ。みんなオズボーンファミリーに影響を受けた組織でさ、世界中にあるの。俺の親父の組織…今は俺がボスやってるカルヴァスって組織は参加の組織の筆頭なんだ。つまりオズボーンファミリーの一番信頼の置ける組織ってわけ。アーロンさんもジーザスの事もよく知ってるしな」

そう言うとムイはにこにこと笑い、ルーナを見つめる。

「いやー噂に聞いてたけどまじでジーザス脱獄したんだなールークから詳しい話は聞いたぜー」

どうやらジーザスとルーナが帰ってくる前にムイは初めて会ったルークと話をしたらしい。ルークも頷く。

「ムイと話したけど気が合っちまってさー」
「おお、これから楽しくなりそうだぜ」
「?これから?」

ルークとムイの言葉にジーザスは首を傾げた。「これから」という言葉の意味がわからなかったからだ。すると、ゴホンとアーロンが咳払いをし、四人が注目する。

「あー、ムイとルークには先に話しておいたんだが。…ジーザス、オズボーンファミリーを継げ」
「…………はぁ?」

突然の父の言葉にジーザスは唖然。いきなり過ぎた発言だったからだ。ルーナも驚くしかない。

「お前がブリタナに帰ってきた時から俺は決めていたんだ。お前にボスの座を譲ると」
「……いいのかよ、俺はアンタを殺そうとして島を出たんだぜ…」
「……それでも、お前にボスを譲る事はもう決まっていた…」

いつになく、アーロンの態度は真剣だ。彼は随分前からこのことを決めていたらしい。オズボーンファミリーのボスは代々、長男が継ぐ家系制だ。ジーザスには姉のビーナスがいるが、長男はジーザスであるため、生まれた時から次のボスはジーザスだと暗黙の了解があった。それが、アーロンを殺害しようとし、家を出たことで取り消しになったとジーザスは思っていた。しかし、アーロンはジーザスにそのままボスを継がせようとしていたということだ。

「四代目のボスになれってことさ」

ムイが結論をはっきりと述べる。ジーザスは沈黙して考え込んでしまった。なんせ、自分がボスを継ぐ事は諦めていたから全くそんな事を思っていなかった。

(俺がオズボーンファミリーのボスに…俺がなっていいのか…?俺は…父親を殺そうとした奴だぞ…)

自問自答するジーザスを、ルーナは隣の席で見つめる。迷うジーザスにアーロンは言った。

「確かにボスの仕事ってのは生半可な覚悟じゃ出来ない。だが、お前は自分の意志に従って、母さんを強く愛していたからこそ俺を殺そうと銃を向けたんだろう。島の人間を大事に思うお前なら…ボスにふさわしいだろう。お前ならできると信じているぞ」
「………」

オズボーンファミリーは正義のマフィア。故に敵も多い。自分はそれに打ち勝っていけるのだろうか?ジーザスはしばらく考え込んでいたが、そんなジーザスの手をルーナがそっと握り、ジーザスははっと我に帰る。

「…あなたならできるわ」
「……ルーナ」
「…きっとできる…だから、やってみるといいと思う…」
「………」

居間まで看守として敵だったルーナがそこまで言う。その言葉にジーザスは居間まで考えていた事が少し軽くなったような気がした。ファミリーのボスの継承…ジーザスはアーロンを真っ直ぐ見た。

「…わかった。俺は…ボスを継ぐ。オズボーンファミリーの四代目を継承する……」
「…よし、その答えを待っていたぞ。我が息子よ」

最初に会った時の明るい感じとは全く違う、マフィアのボスの威厳に溢れたアーロンは息子を満足げに見つめた。その一連の流れをルーナは見て感じることがある。

(ああ…やっぱり私とは違う世界に生きてる人なんだ…)

ルーナはそう思いながらジーザスを見つめる。刑務所にいた頃の彼とは違う…そんな気がした。あの時のジーザスは獣のような瞳をしていた…しかし今では「人」の意志を持った目をしているのだ。思わず見とれかけるルーナ。ジーザスはアーロンと継承のための書類を受け取り始めた。すると、ムイがルーナに声をかけてきた。

「お姉ちゃん、ルーナだっけ?俺もこれからここに住むからヨロシクね」
「え、そうなの…?」
「ああ、俺とルーク、ジーザスの補佐することになったんだ」
「はあ?そうなのか!?」

その話に書類を見ていたジーザスが思わず顔を上げる。これまた本人のいないところで話が進んでいたようだ。

「おお、俺らは新生オズボーンファミリーに入らせてもらうぜーもち、高給優遇でな!」
「よろしく頼んまーす!!」
「まじか………まあ、信頼の置ける仲間は必要だろうからいいけどさ…」

ため息をつきつつ、ルークとムイが仲間になるということは彼にとってかなり安心があった。ルークは銃の扱いも上手いし人当たりも良い、ムイはネットやIT技術に詳しい。

「…ようし、これで決まりだな。我が息子ジーザスよ、オズボーンファミリーの四代目のボスとして組織と仲間を守れ」
「……ああ!」

突如として決まったジーザスのオズボーンファミリー継承。このことがさらなるルーナの人生の転機を迎えるのであった。その時、居間に入ってきたのはジーザスの姉、ビーナスだった。

「あら、話は終わったみたいね?」
「姉貴…」

どうやらビーナスはアーロンからすでにジーザスのボス継承の話は聞いていたらしい。相変わらずスタイル抜群で美麗だ。その瞬間、ムイの目つきが変わった。

「ビ…………ビーナスさぁぁぁぁぁん!!!お久しぶりですぅぅぅぅ!!!」
「!?」

今までのムイとは違った豹変っぷりにルーナはびくっと驚いた。ムイは目を輝かせてビーナスに反応したのである。明らかに好意を持っている様子だ。ルークが首を傾げてたずねる。

「なんだ?ムイはビーナスさんに惚れてんの?」
「ああ昔からあんな調子なんだよ…」

その質問に答えたジーザスはため息をつく。ムイはビーナスにすごいスピードで近付き、跪く。

「会いたかったっすよ、ビーナスさん!今日も相変わらずお美しい!!」
「あらムイ。帰ってきてたのね」
「はいっビーナスさんに会うために!」
「ああそう、よかったわね。で、パパ、アタシ明日からまた出かけるからね」
「無視!?」

ムイのアピールを微笑みながらスルーし、ビーナスはアーロンに用事を告げた。

「姉貴…また出かけんのかよ?」
「ええ、アンタがボスを継ぐっていうのも見届けたしね」
「…?ビーナスさん、どこかに行くの?」

ルーナがたずねるとビーナスはにこりと笑いかけていつものことだというように言った。

「ビーナスでいいわよ、ルーナ。アタシ、普段はブリタナにいないのよ。世界を自由気ままに回ってんの」
「…姉貴は世界中に恋人がいるんだよ。まあ全部金を搾り取ってるようなもんだけ…ぐはっ!」
「黙ってなさいアンタは」

弟の低い呟きに姉は肘鉄を食らわせる。要するに、世界各国にいる恋人と遊びまくっている…ということらしい。まあこれだけのセクシーな美女なら恋人が多くいても不思議ではあるまい。

(なんだか不思議な人たちだな…)

子供達を想う父親、不器用な優しさを持つ新しいボス、その彼を支える仲間、自由に生きる姉…。ルーナはオズボーンファミリーのことをもっと知りたくなった。



それから三時間ほど前の、ヴェルヌの田舎町ドラルスにはヴェルヌ警察が多くの捜査員を派遣していた。ドラルス――ジーザス達が潜んでいた廃工場、そしてジーザスがルーナを連れて駆け込んだあの小さな医院がある街だ。警察も脱獄囚一行の後を追跡し、ここまで辿り着いたのだ。廃工場の指紋や残骸を調べる班と、あの医院の夫婦から事情を聞く班。その中にはルーナの婚約者、ベリルもいた。

「…確かに、あなたがたの医院に来たのはこの男とこの女性だったんですね?」

ベリルが老夫婦に見せているのは刑務所に服役していた頃に撮影されたジーザスの囚人用証明写真と、プライベートで撮影したルーナの写真。それを見た老夫婦は合点がいったように言った。

「ああ!間違いありませんよ、このお二人です」
「男性の方が女性を背負ってこられて…ずっとおそばにいらっしゃいました。本当に心配そうで…」
「……心配?まさか…オズボーンが…」

どうやら老夫婦の話を聞いている限りでは怪我をしたルーナをジーザスが連れてきたらしいが、何故ジーザスがそこまでルーナを心配したのかが腑に落ちないベリル。ベリルはジーザスを悪党としか思っていない。だからこそ、ジーザスがルーナを医院まで連れてきたことさえ理解できなかった。しかし、ルーナが無事に手当てされたとわかりほっとする。

「…二人はどのような様子でしたか?どこへ行くかとか…」
「男性は終止落ち着いていらして…。女性は目が覚めた時驚いていらっしゃったようですが、しばらく男性と何かをお話していてそれからは落ち着かれたようですよ」
「………ルーナ…一体どうしたんだ…」

その時だった。ベリルの背後から声がした。

「どうやら彼女は犯人と長い事一緒にいすぎたようですね」
「!?あなたは…」

ベリルが振り返ると、そこには白衣を着、眼鏡をかけた真面目そうな男性が微笑んでいた。全体的に痩せていてどことなく不気味な雰囲気を持つ。捜査関係者を示す腕章をしていることから怪しい人物ではないはずなのだが…。

「初めまして、私、この度あなたのお父上…ロックイヤー長官から派遣されました、犯罪心理学者兼科学者のマクリーチ・ベクターと申します。どうぞ、お見知りおきを」

このマクリーチという学者はベリルの父…ヴェルヌ警察庁長官ネレイド・ロックイヤーから送られた人物らしい。ベリルは怪訝そうにマクリーチを見る。

「父があなたを…」
「ええ、きっとブライアント嬢を取り戻すのに助力できるかと思います。…すみませんが、彼女を処置した際にカルテ等お取りになりましたか?」
「あ、はい、こちらです」
マクリーチの問いに老夫婦の妻の方が棚から書類を取り出し、マクリーチに渡す。そこにはルーナの怪我を処置した時の状況や体温等が書かれていた。それを受け取ったマクリーチは書類を見ていき、とある点で目を止め、少しだけ目を見開く。そして、本当に小さな声で呟いた。

「…………クロノ……」
「?なんです?マクリーチ博士…」
「…!……いえ、別に大した事ではありませんよ。ところで、囚人達の行方は掴めましたか?」

明らかに話をそらされたとわかったが、ベリルは決して言わなかった。

「…まだわかりません。このドラルスからどこへ行ったのかは…」
「……彼らが向かったのはおそらく、港町ラングルトでしょう」
「ラングルト?何故…そう思うのですか?」
「ここから一番近い港町ですからね。彼らは間違いなく海外逃亡を図るでしょう。しかし…ジーザス・オズボーンは必ずブリタナへ帰る。ブリタナへ向かうのはラングルトしかありませんからね」
「オズボーンがブリタナへ帰ると……しかし、奴は数年前に父親を殺害しようとして以来ブリタナとは交流が無いはずですよ…」

警察上層部は、オズボーンファミリーを邪魔に思っている政府とつながりがある。
だからこそ息子を不当逮捕し、それをきっかけにオズボーンファミリーを潰すつもりだったが、アーロンは息子を逮捕されても動かなかった。しかし、その関連のことは若いベリルは知らなかった。ただ、ジーザスがアーロンと不仲で島に数年帰っていないことだけは知っていた。

「ですが、彼には脱獄しても帰る場所が無い…行く宛も無いでしょう。おそらく彼は無実の罪で牢獄に居続けるのと…父親に頭を下げてでもブリタナに帰ることを迷い、後者を選んだのでしょう…。ブライアント嬢も生かして連れて行ったでしょう」
「!?まさか…ルーナを連れて…」
「ブリタナに逃げ込まれては簡単に手出しは出来ないでしょう。なんせ、アーロン・オズボーンの影響力は大きい…」
「それでは…僕らは何も出来ないって言うんですか!ルーナは…」
「大丈夫ですよ。彼らは必ずまたヴェルヌに戻ってきます」
「どういうことです?」
「…少なくとも、ジーザス・オズボーンはブライアント嬢を手荒に扱ってはいないはずです。そして、ブライアント嬢はいずれ必ず…ヴェルヌにいるご両親やお仲間、そしてあなたに連絡手段を取りたいと思うはず。その時が救出するチャンスですよ」
「…そんな…それまで待てと…」
「もちろん、捜査は続けます。奴らの隙が出来たその時ですよ…」

不適に笑うマクリーチ。彼は犯罪者のジーザスだけでなく、ルーナの心理も見抜いていた…。いずれ、ルーナはヴェルヌに一時的に帰りたくなる…。あんなにも両親を愛していた彼女がこのままブリタナに居続けることはできない。ジーザスがルーナに気を使っているのは医院での出来事でわかった。ならば、ルーナが帰りたいと言えばきっと叶えてやるはずだと…。

「……博士…ルーナを助ける手助けをお願いします…」
「……勿論。『私自身の目的』のためにも…ね」

マクリーチの瞳の奥には、人質救出よりももっと重要な目的がある…そんな光を灯していた。
オズボーンファミリー四代目ボスが誕生した日、新たな陰謀が動き出しているのをジーザス達は知らなかった。


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