act.13 幹部選出の旅

話が終わった後、ジーザスはルーナをある部屋に連れて行く。部屋の中は白の家具が揃って片付いている。どうやら空き部屋のようだ。

「ここを好きに使っていい。俺の部屋の隣だから…何かあったら気軽に言ってくれ。ああ…家具が気に食わなかったら買いに行こう」
「え、そんな…いいのよ、気を使わなくて。とても素敵な部屋じゃない…」
「元々姉貴が昔使ってた部屋で…成長してから別の大きい部屋に移ったんだ。だから家具は姉貴のもんなんだけど、姉貴がルーナにくれるって言うし」

白で統一された家具はおそらく、どれも高級品で庶民のルーナにはとてもじゃないが手の届かないような品々だ。さらに部屋は、ホテルのスイートルーム並みの広さ。ルーナは唖然とするしかない。こんな部屋を家具付きで他人にぽんと譲り渡せるのが凄い。さらにジーザスはルーナの趣味に合わせるように気を使っている。

「俺…ルーナが過ごしやすい環境を作っていきたいんだ…だから何かあったら言ってほしい」
「……ありがとう、ジーザス。でも私、ほんとにこのままで十分よ…」
「……そ、そうか…」

優しく微笑むルーナを見て、照れくさそうにジーザスは笑った。その時、ルーナの足下に何かふわふわしたものが触れた。

「きゃっ!」
「!……ミーア!」

それは、ベージュ色の大きな体つきをした猫だった。全体的に丸く、毛並みがふさふさしている。その割に表情はむすっとしたような、ふてぶてしさがある。世間一般で言う「デブ猫」というやつだ。ジーザスは猫を抱える。

「そ、その猫は?」
「俺んちの猫…ミーアっていうんだ。驚かせて悪かったな」
「い、いいえ…可愛い……わね?」

ルーナも可愛いものは好きだが、ミーアはぱっと見て可愛い、とはっきり言えるような顔ではなかった。まあ猫ということ自体が可愛いのだが。ミーアはジーザスに抱えられながらルーナを無表情でじーっと見る。

「ルーナ、猫嫌いとか…?」
「ううん。むしろ大好きよ。…よろしくね?ミーア」
「………にゃーぁ」

相変わらずふてぶてしい声でミーアは鳴いた。何を想っているのか……。するとミーアはジーザスの腕を無理矢理すり抜けて廊下を歩いていった。

「あ………なんだ、あいつ…」
「私のこと調査してたのかもしれないわね…突然知らない人が家にいたんだから」
「ったく…ごめんな、ルーナ」
「ふふ、平気…でもあなたがペットを飼っているなんて」
「ああ、あいつ一応親父のなんだ。昔からこの屋敷にいてさ」
「アーロンさんの…それも意外だわ」

あのアーロンが猫を飼っているというのもなんとなく不思議だ。ここに来てから、本当に驚く事ばかり。ルーナにとって新鮮なことがまわりに溢れていた。

「……じゃ、今日も遅いし……あ、服は部屋にあるから。……おやすみ、ルーナ」
「…え、ええ、おやすみなさい……ジーザス」

部屋へ入っていくルーナを見届け、ジーザスは壁に背をつけ、深いため息をついた。こうなってしまったとはいえ、どこか彼の心は満たされていた。

(ルーナがいる…それだけでこんなに満足してる……)

最初はあんなに憎んでいたのに…。今では愛しくてたまらない。例え、ルーナが自分を選んでくれなくても良い。

(……今はルーナがいるだけでいいさ…)



ヴェルヌ警察は、ラングルトの街まで到着していた。この街から囚人達は船で外国に渡ったと見られる。足取りを掴むのは大変なこと。急いであの晩出た船の行き先を調べていた。警察が事情聴取している人物達の中に、マクスウェルもいた。

「確かにオズボーン達はここに来たらしい…誰か、他に奴らを目撃した人は?」
「ああ、あの夜、おかしな連中が港をうろついてたぜ!」

ベリルの質問に答えたのは漁師の一人。あの夜、酒場で酒を飲んでいた集団の一人で、ほろ酔いの状態でたまたま酒場の外に出た時港に向かうジーザス達を目撃したのだ。他にもジーザス達の姿を見た漁師達が何人もいた。マクスウェルも表向き、フェリー会社の社長ということでこの場に集められてはいるが…。

(……警察がここまで来るのはわかっておったが…ぼっちゃん達の行方がブリタナだということがわかるのも時間の問題じゃろう…)

それでも油断は出来ない。マクスウェルがまわりにいる警察官やベリルを見る。

「あの日出航した船のすべてを調べるんだ。…ここからはブリタナにも行ける……オズボーンはやはりブリタナに向かったのか…?」

そう言いながらベリルは海の向こうを見る。もしジーザス達がブリタナに行っていたらそう簡単に手が出せなくなってしまう。すると、ベリルの横にマクリーチが白衣を靡かせやって来る。

「囚人達のうち、いくつかのグループに分かれていくつかの国に向かったらしいです。その中でオズボーンとジョーンズがブライアント嬢を連れて別の船に乗ったのを漁師が目撃しています」
「…博士は、奴らがブリタナに行ったと?」
「ええ、もう確信していますよ。やはり…ジーザス・オズボーンは父親に頼らざるを得なくなりました。…後は監視を続ける他ありませんよ」
「……っルーナがこの海の向こうにいるのに何も出来ないなんて…」

悔しげに表情を歪ませるベリルを見てマクリーチは小さく笑った。

「…ご自分を責めてはいけませんよ、ベリルさん。それに必ず機会は訪れます」
「……博士…」

ベリルは悲しげにまた海を見たが、マクリーチは相変わらず笑みを浮かべていた。そして、マクリーチの部下らしき白衣の男性がマクリーチに何か書類を持って来る。それに目を通したマクリーチは一瞬驚いたような顔をし、再び笑みを浮かべた。

「……そうですか…」
「……博士、なんです?」
「…いえ、こちらの話ですよ。…ブライアント嬢は必ずヴェルヌへ帰ってきます。……そのためには、ベリルさん。あなたの協力が必要です………」



次の日、朝起きるとビーナスは既にブリタナを発った後だった。ムイが激しく落ち込んでいたが、ジーザスは軽く無視。ルークは昨日、街の武器屋に弟子入りを頼んだらしく、朝から店に行ったらしい。ルーナはジーザスより早く起き、居間にいた。

「ルーナ…早いな。おはよう」
「!あ…ジーザス、おはよう……看守の頃は徹夜とか早朝勤務とかあったから…」
「…そっか。あ、メシの準備できてるらしいから行こうか」
「ええ」

二人は食事をするためのこれまた広い部屋に向かう。その後から落ち込んだままのムイもついてきた。食堂には長いテーブルと立派な木目の椅子がたくさん並び、まるで会食のよう。テーブルの上には卵料理や美味しそうなポタージュ、フレッシュサラダが置かれていた。そして、奥の椅子にはアーロンが座っていた。

「おお、おはよう。ルーナさん。相変わらず可愛いね」
「えっ!?」
「テメェ何朝から言ってんだよエロジジイ!」

いきなりさらっと甘い発言を言ってしまうアーロンにルーナは赤面し、ジーザスが怒鳴りつける。アーロンは女性に対してとても優しく、勿論冗談だがいやらしい発言も軽々と口にしてしまう性質。

「ほら、席に付け。今日もまた美味そうだぞー」
「ったく…」

アーロンの言葉にため息をつきながらジーザスはルーナを席にエスコートし、自分も隣に座る。ムイもジーザスの向かいに座り、深い深いため息をついた。

「ハァ…ビーナスさん……」
「…いい加減立ち直れよ、ムイ。またすぐ帰って来るって」
「ビーナスさんの『すぐ』は『すぐ』じゃねぇんだよー!」

昔からビーナスに恋していたムイだからこそ、彼女の放浪癖の長さは知っている。時々帰ってきてすぐまた出かける。ムイはうわあああと泣き叫ぶ。ジーザスはまたスルーした。

「よし、じゃあいただきます」
「いただきます」

アーロンの一声で食事を始める四人。食事は何の文句もなく、美味。

「美味しいわ…」
「うちの料理人達は一流だからな」

ジーザスがそう言うと、厨房から四人のシェフと、食事を運ぶ執事、メイドが二人ずつやって来てルーナに頭を下げた。

「お口に合えば幸いです、ルーナ様」
「我ら、かつてボスや先代のボスにお世話になりました。それ以来、ここでボス達のために料理を作ってきました。ぼっちゃんのお客様であるルーナ様にも喜んでいただけるよう、これからも精進致します」

四人のシェフは全員男で、コック帽と衣服を着ていなければそれこそ刑務所にいた囚人達と変わらぬ容姿だったが、その表情は皆晴れやかだった。おそらく彼らも犯罪に手を染めてしまったり、巻き込まれた人達。己の罪と向き合い、更正に向かっているのだろう。彼らの表情を見てルーナは改めてオズボーンファミリーの影響力を感じた。

「ありがとう…とても美味しい」
「ルーナ様も好きな料理等がありましたら是非お申し付けくださいませ」
「!そうだ、…ルーナの好きな食べ物とか、俺も知りたいしな」

シェフの一言にジーザスも同意する。彼は素直な気持ちで、ルーナのことをもっと知っていきたかったからだ。

「そうね……甘いもの、好きだから…スイーツとか…」
「おお、女の子らしくていいじゃないか。しかしルーナさんはスイーツ並みに甘くて可愛いゾ☆」
「エロジジイ!!!だから何言ってんだよって!!」
「そ、そんな……」

またもやアーロンの変態じみた発言にジーザスが怒りを露にし、ルーナが頬を染めて恥ずかしがる。これは、ジーザスの母が生きていた頃にもよくあった光景だ。無論、ジーザスは幼かったから居間のジーザスの役回りは当時のオズボーンファミリー幹部が言っていたのだが。そこでムイがようやく落ち込みから復活する。

「あ、それにしてもアーロンさん?ジーザスがボスになったのはいいけど、幹部って俺とルークだけなわけ?二人じゃ流石にこのでかいファミリーまとめらんねぇかも…」
「!」

ムイの言葉にアーロンは待ってましたと言わんばかりに大きく頷いた。

「よく気付いたなムイ!そう、お前達はまだ仲間が少ないんだ。しかも、どちらもお前と付き合いの長い奴らだ。そこでジーザス…お前は外部から来た仲間を得るんだ」
「は?」

突然言われてジーザスは間の抜けた声を出してしまう。

「いいか。確かにファミリーの仲間は、自分のことをよく知ってる奴も必要だ。だが、仲良しこよしの奴らだけでやっていけるほど甘くはない。ファミリーやお前自身のことをよく知らない奴を仲間に入れる事で第三者の目線が得られる。だから、外で仲間を見つけるんだ」
「……仲間探しの旅ってことか…」

ブリタナを出て、外国で仲間を見つけてくる。アーロンが言いたいのはそういうことだ。

「しかし、ヴェルヌは無理だな。警察がウヨウヨしてる。見つかりゃすぐ逮捕だぜ」
「…ヴァレリアスとかはどうだ?」

ジーザスの言う、ヴァレリアスとはブリタナやヴェルヌの北西に位置する北の大国だ。一年中寒さが続き、真冬になると吹雪に見舞われることも多い極寒の国。また、科学技術が盛んでヴェルヌとは度々科学分野において競い合うことも多い。南にある国エイジアとはエイリアス山脈を挟んで隣り合わせている。ヴァレリアスは賭博も有名で、首都ブリージアでは政府公認のカジノが多く営業し、そこにナリを潜める者も少なくなかった。

「ヴァレリアスっていったらカジノだよな!俺も行くぜ、ジーザス」
「遊びに行くんじゃねえっての……あとはルークも誘うか。……ルーナはどうする?」
「えっ、……わ、私は…」

ジーザスの幹部選びの旅についていくか。ルーナは迷った。それはつまり、オズボーンファミリーの仲間としてついていくということになる。まだ、看守の心が残っているルーナは非常に困惑した。

(どうしよう…もし私が未だに人質の状態なら逃げるチャンスだけど…でも、彼らは優しいし…私を拘束しているわけじゃない…それに…彼らがヴァレリアスで極悪人を幹部に選んでしまったら………そんなの、止めなきゃ…)

もしもジーザスが人選を誤り、恐ろしい人物を選んだらオズボーンファミリーは完全に悪の組織になってしまう。それは避けなくてはならない。なんせ、今のオズボーンファミリーはとてもいい人たちなのだから!

「わ、私も行くわ!つれていって…ジーザス」
「……危ない時は俺が守るから。俺から離れるなよ」
「…ええ」
「よし、決まったな。じゃあ今夜にでも出発しろー」
「…えらく急かすな、親父」
「出発は早い方がいいだろう」

にこにこと笑いながらアーロンは突然の出発を命じた。ボスを引退したとはいえ、その影響力は絶大。ジーザスでさえ逆らう事の出来ない不思議なオーラがアーロンにはあった。

「ヴァレリアスは極寒の地…寒いぞー今は特にな。防寒着を整えて行けよ、死ぬから」
「さらっと恐ろしいこと言うな…」
「俺も昔、ボスを継ぐ時…仲間を捜し歩いたもんだ」
「?…そういえば、ファミリーはボスが変わる度に幹部が変わるの?」

アーロンの言葉に疑問を感じたルーナが問いかける。ルーナは前々から不思議に思っていたのだ。この島に初めて着いた時、アーロンがボスとしてブリタナの屋敷にいた。しかし、幹部と思われる人物は誰もいなかった。そして昨日、ジーザスがボスを継ぐことになった。それにより、新たな幹部としてムイとルークが就任。ではアーロンの代にいた幹部はどうしたのか。だがジーザスの話によればムイは、アーロンの代の幹部の息子だという。それにムイとジーザスが答えた。

「ああ、ルーナはわかんねえよな?オズボーンファミリーは『解散』っていうのがあってな。元々、貿易会社オズボーンカンパニーだった頃、ジーザスのひいじいさんのジェイムズさんってのが友人達と会社を創る。ジェイムズさんが社長、友人四人が重役だった。その後、マフィア認定されちまった時、ジェイムズさんがボス、友人達は幹部になった。そこは会社と変わらない。やがて、ジェイムズさんは…ある事故で突然死んだ。すでに年寄りだった幹部達は、次のボスをジェイムズさんの息子…アーロンのじいさん、バートさんにすることを決めたんだ。そうしたら、バートさんは年寄りの幹部達を気遣い、幹部の『解散』を宣言した。つまり、幹部を解散させて新たな幹部を選ぶってことだな」
「それ以来、オズボーンファミリーのボスが『解散』を宣言すると、その代の幹部はボスが辞めると同時に新たな人材に変わる、っていう仕組みが出来た。もちろん、ファミリーに関わることはできる。だが、第一線で仕事をする奴らが変わるから新しい改革になるってことだな。……ブリタナに帰って一目で親父が幹部を解散させたってわかったぜ。それはつまり、親父がボスを辞める決意をしたってことだって」

ジーザスがアーロンを見る。

「……お前が逮捕された一月後、解散を宣言した。息子を無実の罪で逮捕させてしまったボス等、資格は無い。皆、今は世界でそれぞれの生活を送っている。お前が脱獄したニュースが流れた時、奴らから一斉に連絡が来たよ」

そう笑いながら話すアーロン。彼は息子が逮捕されてからボスを辞め、幹部を解散させたが、世間と警察の目がある中、ボスであるフリをしていたのだ。そして息子にボスを譲り、正式に引退した。

「だからこれからは自分で仲間を見つけるんだ。ジーザス…。お前が信頼がおけると思った奴を連れてこい」
「…………信頼のおける奴……か」
遠い北の大地でいかなる人物に出会えるのだろうか。ジーザスのボスとしての最初の難関、幹部選出の旅が始まろうとしている。


inserted by FC2 system