act.14 極寒の地ヴァレリアス

ブリタナには小型ジェット機の滑走路がある。勿論オズボーンファミリー専用機だが、事情により住人の利用も許可される。ヴァレリアスへ自家用ジェットで向かうのは無理だが、ジーザス、ルーナ、ルーク、ムイはジェット機二台に分かれて一度ブリタナから南西の小島ロム島に向かう。そこはヴァレリアス行きの飛行機へ乗るための空港があったからだ。本来なら、ヴェルヌの空港に向かうのだが、現在ヴェルヌは警察の捜査が過剰にあり、向かうことができない。そのため、このロム空港に行く必要があった。四人はロム空港からヴァレリアス行きの飛行機に搭乗することになる。

「…ねえ、ジーザス?」
「…ん?どうした」
「……パスポートって……」

ルーナが一番気にしていた点がそれだ。そして同時にルーナはまさか、と思うものがあった。それにあっさり答えたのはムイ。

「ん?あーマクスウェルさんの偽造のやつで大丈夫だって」
(やっぱり……)

誘拐されたルーナは勿論パスポートなんて持っていない。それに持っていたとしてもルーナはともかくジーザス達がパスポートを見せればヴェルヌ警察にすぐ居所がばれてしまうし、ヴァレリアスで待ち伏せされて逮捕されるだろう。そこですぐ思いついたのが、ラングルトからブリタナへ向かう際に出会った老人…マクスウェル。彼は一見フェリーのチケット販売の社長だが、裏の顔は偽造パスポートや証明書制作の達人。実際、彼の手助けを得てブリタナに渡れたのだから。ルーナは呆れにも似た深い気持ちになる。今まで正義に生きてきたのだから当たり前の反応といえばそうだが…。

「ルーナ、捕まる訳にはいかねえんだ。でもだからといって行かないってのも無理だろ?親父は、俺達が一人前になるようにわざとこの時期に行かせた。警察に捕まるリスクだってあるのに。…でも、行かなきゃいけねえ」
「………わかったわ…ジーザス、あなたの言う通りにする……ごめんね、足を引っ張って…」

少ししゅん、と俯くルーナ。そんな姿さえ何故か愛しくてジーザスは不謹慎ながら頬を染めてしまう。

「だ、大丈夫だから!ルーナは仕方ないさ、だって今までこんな悪いことしたことねえもんな!な、なあ、ルーク!」
「俺にフる!?」

半ばパニックに近い状態でルーナを慰めようとしたジーザスは今までぼーっとしていたルークに話を振り、慌てふためく。ムイはやれやれーと笑いながら眼鏡の淵を押し上げた。



マクスウェル制作の偽造パスポートは非常に良い出来だった。ムイは青年実業家、ルークは旅行に来たサラリーマン、ジーザスとルーナは若い新婚夫婦ということになっていた。パスポートを見た瞬間ジーザスの顔が真っ赤になって爆発したのは言うまでもない。疑われる事も無く、あっさりと通過できた四人。

「いやーマクスウェルさんってやっぱスゲェ!伊達に業界四十年じゃねえなー」
「ちょっと緊張したけどな!ジーザスは……ってアレ、ジーザス?ルーナ?…なんかマジで新婚みてーだな…」

楽しげに笑っていたムイとルークが振り返れば、そこには頬を染めながら微妙な距離感で歩くジーザスとルーナ。初々しい新婚夫婦そのものにしか見えない。よほど設定が恥ずかしかったのだろう。しかもジーザスはルーナに惚れて告白までしているから尚更意識してしまう。ルーナも告白を受けながらまだ返事をしていないが意識するのは当然のこと。

「………」
「………」
「…なんか俺、このボスについていっていいか不安になるわ」
「あー俺も」

普段は冷静なのに、恋愛には疎いボスに二人の幹部は呆れ顔。



やがて飛行機に乗ること三時間。ヴァレリアスに到着した。ブリタナでは冬の澄んだ空と冷たい風は心地良ささえ感じられていたが…。

「………」
「………」
「………ふぇっっくしょん!!!ななななんだよぉおおおこの寒さは!!!」

ヴァレリアスは積雪、降雪、まさにあたりは雪だらけ。雪景色にムイの凄まじいくしゃみが響き渡る。ヴァレリアスで雪が降らない日は少ない。ブリタナとの気温差はかなりのものだ。この国の人々はほとんど夏を知らないという。すぐさまジーザス達は空港でコートに着替えた。ジーザスはダークグレーのロングコート、ルーナは首と袖に白いファーのついた水色のワンピース型のコート、ムイはアースグリーンのコートにオレンジのマフラー、同色の手袋、ルークはブルーのコートを着用。それでも寒さは抑えきれない。

「…っくしゅ」
「ルーナ、大丈夫か?寒いか?」
「え、ええ…でも大丈夫よ…こんなに寒いなんて驚いた…」
「ヴァレリアスは世界で一番寒い国だからな…こんなところに住んでる奴だったら…雪男みたいな奴を仲間にすんのか?」

冗談まじりにルークが言うが、シャレにならない…と全員は思ってしまった。あまりの寒さに思考がまともなことを考えられず、四人の脳裏にオズボーンファミリーに入った新たな幹部=毛むくじゃらの雪男…という図が浮かんでしまう。それを振り払うようにジーザスが言った。

「とりあえず、情報収集だ!ブリージアのカジノの向かおう…あそこは国で一番熱い土地だってよ」
「それって気温が?カジノが?」
「…どっちもだって話だ!」
「よっしゃあああああったかいところおおおおお!!!」

ムイが思いっきりやる気になっていく姿をジーザス達は鼻水をすすりながら見ていた。



ヴァレリアス名物といえば、一面の雪景色。歴史ある寺院。そして、カジノだ。ヴァレリアスは昔から極寒の厳しい土地で、庶民の娯楽が乏しかった。そんな時、誰かが賭けをし、それが流行、やがて国一番のビッグビジネスへと成長した。首都ブリージアは空港からタクシーで一時間ほど進むと到着する。空港のある街スノタイムは静かな街だったが、ブリージアはネオンが輝き、派手な外車が店の前に止まるまさに娯楽都市。様々な趣向のカジノ店が存在し、これまた派手な客から紳士的な客までわんさかいる。ブリージアへ来てカジノをすることは世界中の人々の憧れでもあった。ジーザス達が到着するなり、ムイは店内の暖を求めて真っ先に一番大きなカジノ店に駆け込んだ。ため息をつきながらジーザス達がそれを追う。

「うわ……」

入るなり、ルーナが思わず口に出してしまう。ルーナはカジノなんて入るのは初めてだ。黒と赤、金を基調にした大人っぽい店内。落ち着いたジャズが流れ、人々がルーレットやスロットをする音が響く。ルーナはもっと人々の欲望にまみれ、騒がしい場所を想像していたのだ。どちらかといえば好感を持てる店内だ。そしてほっとするような店内の温かさ。入るなり、すぐ黒いタキシードを着た男性が近付いてきた。

「いらっしゃいませ。コートとお荷物をお預かり致しましょう」
「ああ、頼む…」

ブリージアのカジノ街は観光客も訪れる。荷物をそのまま持って来る客も多いため、スタッフ達はそれも心得ていた。コートと荷物を預けたジーザス達は店内を見渡す。

「なかなか良い店じゃねえか」
「まさに健全なカジノって感じー?観光客も多そうだな、ここで地元の情報をゲットすんの難しくねえかな、ジーザス」
「……いや、違うな」
「?ジーザス?」

ルーナはジーザスが小さく呟いたのを見て少し不安に感じ、彼の名を呼ぶ。ジーザスは何かを探しているようだった。

「…この店、なんかあるな」
「えっ?どういうこと…」
「…スタッフが少なすぎる」
「……確かに、このホールにいるのは…三人、か」

この店のホールは広いし、様々なゲームがある。客も四十人くらいはいる。それに対し、スタッフが三人だけというのは少なすぎた。そのうちのひとりはルーレットを担当している。

「…つまりここは…『裏』で他にやっているゲームに人員を割いているってことだ……」
「えっ……」
「裏で他のゲーム?」

所謂、一見さんお断りというやつだ。表では誰でも大歓迎の健全なゲームを行っている。しかし、裏ではとあるルートでしか入れない特別なゲームを行う。裏世界ではよくあることだ。つまりこの店は公にされていない何かがあるということ。

「まさかお前、それに入るつもりじゃねえよな?」
「……相手が裏社会の人間なら情報も聞きやすいだろ?観光客に聞くよりも」
「いやいやいやお前の悪い癖!なんでそういうあぶねーもんに首つっこむんだよ!」

ムイがジーザスに突っ込んだが彼は辞める気なんてないようだ。
昔からジーザスはこういうところがあった。

「ジーザス、危険なことはやめて……」
「…大丈夫だ。俺に任せておけ」

ジーザスはルーナに微笑んでそう言うと表情を変えてスタッフの元に足早に近寄る。そしていきなり懐から空港で換金したヴァレリアスの札束をスタッフに押し付けた。それは現実世界で言う、十万円とほぼ同額。

「!?なんです…」
「…裏のゲームに参加させろ。なんならもっと払おうか?」
「!…そのようなゲームは存在しません」
「おかしいだろう?ここは街で一番でかい店だ。そのくせ、スタッフが少なすぎる…それに…さっき客の一人が吸ってた煙草の煙が下の方に行ったのを俺は見た…それはつまり地下室があるってことだな?…なんなら、オーナーを出してもらおうか。直接話をする」
「…そ、それは……」

スタッフが対応に困り果てる。相手との対話はジーザスが一番得意としていることだった。彼は意外に人との付き合いが上手い。それは父、アーロン譲りの才能だった。その時。

「なんだ、物珍しいな。まさか気付く奴がいるとはよぉ」

野太い男の声。スタッフがはっとして救いの神が現れたかのような顔をし、店内にいた客が声に気付いてざわめく。ルーナ達もいつの間にか店内に現れたその人物をはっきりと見た。

「!」
「な、なんだあいつ?」

ルークが驚いたように言う。いくら店内とはいえ、この真冬で極寒のヴァレリアスに似つかわしくない格好の男だった。歳は二十代後半から三十代といった感じで右前髪半分を垂らし、長髪を後ろで束ね、ヴァレリアス人にしては珍しい浅黒い肌。何より、上半身裸に厚手の紫のコートを肩から羽織り、革のズボン、葉巻を吸いながらにやにやと笑いジーザスに近付く男…。

「お、オーナー!」
「!…お前がこの店のオーナーか?」

怪訝そうにジーザスがたずねると男はさらに笑みを深くして煙を吐いた。

「おお、そうさ…俺はこの街の王よ!カリブだ…よろしくな、一見さんよ」

その男の紫の瞳がジーザスの緑の瞳とかち合う。何か危険で、だが惹き付けられるような目つき。まわりの客が口々にざわめいた。

「カジノ王だ…!あの有名な!」
「『ヴァレリアスのカジノ王』…カリブ・マッチ!!」

この男、カリブ…謎に満ちた男との出会いが新たな波乱のゲームの始まりだった。


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