act.16 謎の刺客

真冬のヴァレリアスの巨大カジノの裏で行われていたゲーム「Love&Death」に参加したジーザスとルーナ。残るはあと一枚カードを引くのみ。だが、既に赤二枚、黒二枚で次に黒を引けば負けてしまう。

「……っ」

ルーナはジーザスのシャツのボタンに手をかける。二枚目の黒を引いてしまった分、ジーザスのシャツを脱がさなくてはならない。

「………」

今まで男性経験も無いルーナ。その上、男性の服を脱がしたことだって一度も無い。シャツを脱がせたジーザスの肌は傷一つなく、厚い胸板に程よい筋肉質だった。ルーナは直視するのが恥ずかしくて顔を真っ赤にして目を反らしてしまう。ジーザスも想い人に服を脱がされるなんてことは恥ずかしくてたまらない。そんな様子をカリブは面白げに見ていた。
そしていよいよ五枚目のカードを引く時。失敗は許されない。ルーナは緊張しながら残っているカードを見つめる。残りは九枚。

「ルーナ…俺の胸元にあるこいつだ」
「えっ」
「…これを選べ、そしてもし…黒で、お前が嫌がるようなことになれば……俺を全力で責めてくれればいい……」
「そ、そんな……」

ジーザスの目は真剣味を帯びており、けして冗談やそこらでは言っていないようだ。この一枚に希望をかける。ルーナはそんなジーザスの目を見て、しばらく考え込んでいたが決意した顔つきで再びジーザスを見る。そして二人は無言で頷き、ルーナはそっと指定されたカードをめくった。

「………」
「………!」

そのカードがめくられる瞬間はまるで世界がスローモーションになったかのようだった。カードの裏に描かれた絵が現れるまでとても長く感じる。そのカードに描かれたのは………情熱の赤い薔薇。

「……赤………」
「………セーフか…!!」

観客が歓声を上げた。見事にジーザス達は恥辱を免れたのだ。ほっと息をつく二人。黒服の男達がすぐさまジーザスの拘束を解き、彼は脱がされたシャツと上着を着直す。そんな二人にカリブが拍手しながら近付いてきた。

「見事だ!よく切り抜けたな!このゲームの一番の敵は迷いと、恐れの心なんだ。それさえ払拭すりゃあこのゲームは恐ろしいもんじゃねえ。だが、たいていの奴らはみんな黒を引くんじゃないかっていう恐怖心に負けちまう。お前らはそれを乗り越えたんだ。約束通り…このヴァレリアスのカジノ王、カリブ様が仲間になってや…ぐはっ!!!」

自信げに喋っていたカリブを思いっきり殴り飛ばすジーザス。ゲームの最中から絶対に殴ってやろうと思っていたのだ。ルーナが必死に止める。

「ちょ、ジーザス…落ち着いて」
「この野郎…よくも変なゲーム作ってくれたな…おかげでこっちは…!」
「っててて…悪いな、世界のオズボーンファミリーのボス様に失礼な事をしたな。悪かった。だが俺はお前らが気に入ったぞ!嫌だって言ったってついてくぜ?俺様はしつこいからなー」
「…ったく…!!めんどくせえ奴を勧誘しちまった……」

こうして壮絶なゲームを経て、カリブがオズボーンファミリーの幹部として迎えられることになった。
その後、地上のホールへ戻るとルークとムイが泣きついてきた。

「うああああああああ」
「ジーーーザーーーースーーー!!!」
「うおっ、どうしたムイ、ルーク…」
「聞いてくれよーーー!この黒服のお兄さん達が脅すんだよーーー!」
「俺ら、なんにもしねえって言ってるのによーーー!」

カリブの部下である黒服の男達がムイとルークを監視していたらしいが、銃を突きつけて何もしないように脅迫していたらしい。いい歳して泣きじゃくるムイとルークに呆れ顔のジーザス。そしてムイがジーザスの後ろにいるカリブに気付く。

「うわー!マジでそいつ仲間にすんのー!!」
「げえっ、そんなおっかないやつ仲間にするとか!!」
「へへへ、よろしくなー」

そんな彼らとは対照的に陽気そうに笑うカリブ。ルーナもはぁ、とため息をついた。

「…ジーザス、この後どうする気なの?」
「ああ、とりあえずブリタナに帰るさ。このまま空港まで行こう」
「お、それなら俺の車で空港まで行くか?」

そう言ったカリブの手には高級車のキーがくるくると回していた。さすがはカジノ王…といったところか。

「ああ、頼むぜ、カリブ」
「おうっ任せときな」



ヴァレリアス産の黒い高級車を運転するカリブ、助手席にはルーナ。そして後部座席にはジーザス、ムイ、ルーク。

「おい…なんでルーナが助手席なんだよ」
「いいじゃねえか、可愛いお姉ちゃんが隣だと嬉しいんだよ」
「うわーー変態かよ…」
「ルーナ気を付けろよーー」
「え、ええ……」

夕暮れのヴァレリアスの道を進む車の中は騒がしい。さんざんカリブを悪く言っていたムイとルークだが、いつの間にかカリブとウマが合ってきているようだ。ルーナも苦笑いしつつ付き合っているし、根っからの悪人ではないようだとジーザスは考えていた。

(まあカリブはヴァレリアスのカジノ王…人脈もあるし色々便利だよな。それに人柄も悪い感じじゃねえし…これで幹部は三人…あと一人くらい欲しいところだな)

そんなことを話していると、突然車が大きく揺れたと同時に停止する。

「うわっ!!」
「きゃ……っ!な、なに今の?」
「んだよ、いきなり止まりやがって!…パンクか?」

ぶつぶつ言いながらカリブが外に出てタイヤをチェックすると鋭い刃物で斬られたような跡があり、潰れていた。

「なんだこれ…いつの間に?っていうかさっき、誰かが遠くから刃物で斬りつけたってことか?」

タイヤの様子を見ながらルークが呟いた。走っている車のタイヤを目がけて刃物を投げつけるなんていう芸当が一般人に出来るとは思えない。ジーザスがタイヤを調べようと近寄った次の瞬間……ジーザスの顔の前をナイフが飛んできて、ジーザスの後ろの方にあった壁に突き刺さる。

「!!!」
「なんだ!?」
「!見て!あれ!」

ルーナが指差す方向にいたのはナイフと銃を構える黒いスーツの男が三人。一見真面目そうに見えるが血走ったような目つきをしている。そしてどこか役人のようにも見えた。

「…なんだ、お前らは…タイヤを壊したのもお前らか」
「我らはヴェルヌ政府の者だ。…ジーザス・オズボーン、ルーク・ジョーンズ、貴様らはノイシュヴェルツ刑務所から脱獄および、看守のルーナ・ブライアント嬢誘拐の罪がある」
「え、なに?お姉ちゃん、誘拐されたの?」
「…そ、それは…」

真実を初めて知ったカリブが驚いてルーナを見る。ジーザスは表情を変えずに政府の役人を睨む。そしてルークが言った。

「ヴェルヌの役人…?なんでヴァレリアスにヴェルヌの役人がいるんだよ…」
「そうだ、ヴェルヌの役人が他国のヴァレリアスに来てるってのがおかしいだろ…」

ムイも賛同すると、役人達は目つきを厳しいものにした。そして明らかに殺意を秘めている目だった。ジーザス達は、彼らがルーナを連れ戻し、自分達を逮捕しに来たと思っていた。

「……ここで俺達を逮捕しようってか?」
「……逮捕か。……いや、いい…無駄だ……ルーナ・ブライアントは拘束!!他は殺して構わん!!!やれ!!!」
「!!!」
「な、なんだと!?」

リーダーらしき男がそう叫ぶと残りの二人が銃とナイフを巧みに使ってジーザス達に攻撃をしてきた。まさに殺す気で、だ。ジーザス達は銃を抜いて対処するが、先程の男の言葉が耳から離れない。「ルーナ・ブライアントは拘束、他は殺して構わん」――ルーナは人質で、本来なら「保護」するべき存在。だが、拘束というのは…まるで犯罪者か危険対象人のよう。そして本来、逮捕拘束すべきはずのジーザス達を勝手に抹殺するというのはおかしい。法で裁くのがヴェルヌのルールだ。なのに政府の役人である彼らはそれらを無視していることになる。

「ルーナ、隠れてろ!!」
「え、ええ!」

ジーザスはルーナを物陰に隠し、銃で応戦するが役人に擦りもしない。ルーク達も同様のようだ。あの動きはただの役人ではない…そんな気がした。素早い身のこなしに高い戦闘能力…。

(くそっこのままじゃやべえ…!)

ルーナを守りながらの戦い、しかも相手は戦闘に長けている。ジーザスが焦りを感じた瞬間、役人の銃弾が頬をかすめる。その光景にルーナは驚きと怯えで心がいっぱいになりながら見ていた。
すると、いきなり空中に丸い物体が飛んだ。

「!?」
「なんだ!?アレ!」

ムイが思わず叫ぶと、その声に気付き役人もジーザス達も空中を見た。その丸い物体はグレーでまんまるく、それが何か理解する前にいきなりその物体から真っ黒な煙が噴射された。

「!?」
「煙玉かっ!!」

その煙は前後左右共に方向感覚がわからなくなる。ジーザスが咳き込みながらルーナやムイ達を探す。

「げほっ、ルーナ!ムイ、ルーク、カリブ!!どこだ!」

その時、ジーザスの手を誰かが掴んだ。ジーザスはそれがルーナだと思ったが、すぐに違うと直感した。ルーナの手とは違った感触だったからだ。その手は煙の中、ジーザスをある方向へ引っ張っていく。役人ではないし、ルーク達とも違う細い手。

「だ、誰だお前!?」
「……」

手の主は何も答えない。やがて煙を抜けると、そこには避難したルーナ達がいた。

「!ジーザス!」
「無事だったか!?って…そいつは!?」

ルークが驚いたのは、ジーザスの手を引っ張ってきた人物の容姿。頭から黒い布を巻き、同じ色のローブを着て素顔を隠した見るからに怪しい人物。

「うわー!?お前なにもんだ!!あやしすぎるだろ!!!」

ムイが明らかにビビっている。全身黒装束の謎の人物、その人物こそが煙玉を放ち、ジーザス達を助けてくれたのだろう。ルークが銃を構えるが、ジーザスがそれを制す。

「お前、一体何者だ?何故俺達を助けた」
「……」

五人がその人物をじっと見つめ、警戒しているとその人物からぷっ、と吹き出すような声が聞こえた。それが敵意をなくすようなもので、いきなりのことにジーザス達は呆気に取られた。

「相変わらずねぇ、助けてやったのに感謝もないわけ?」
「…!そ、その声は…まさか…」
「!……ホミリー?」
「えっ?」

黒ずくめの人物から聞こえてきたのは若い女性の声だった。その声に反応したのはジーザスとムイ。そしてジーザスが呟いた「ホミリー」という名前。黒ずくめの人物はローブと布を解いていく。風に靡くローブから現れたのは、赤茶色のウェーブがかったツインテール、白いブラウスに胸を強調する膝下まである赤いスカートを着た可憐な女性だった。

「おぉ!超美人!!」

カリブが興奮したように叫ぶ。その姿はとても美しく、童顔に見えるが気の強そうな顔つきをしていてルーナとはまた違った美人といった風貌だった。髪を風に靡かせ、ホミリーは楽しげに笑っている。ルーナはホミリーを不思議そうに見る。誘拐されてから、裏世界の女性というのはブリタナの屋敷のメイドか女性構成員くらいしか見た事が無かった。だが目の前にいるこの女性は…どこか違う。ルーナはホミリーから目線を外さずにジーザスにたずねた。

「……この人は?」
「…ホミリー・カーター。俺達の幼なじみの一人だ……」
「幼なじみ!?」
「フフン、何年ぶりかしら?ジーザス、ムイ」

笑みを浮かべるホミリーはウインクしながら微笑んだ。


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