act.18 四代目オズボーンファミリー
以後、ジーザス・オズボーンの視点による。
ヴァレリアスで思いがけない仲間を得た俺達はブリタナへと帰還した。幼なじみのホミリーと、カジノ王のカリブだった。二人とも強いし頼りになりそうで安心した…が、ある問題が起きてしまった。
「おおホミリー!懐かしいな!!そうか、君が仲間になってくれればジーザスのことも任せられるな!!」
そう言って喜んで俺達を迎えた親父。前にも言った通り、ホミリーは俺の幼なじみでホミリーの親父さんは、俺の親父の友人だ(先代オズボーンファミリー幹部でもある)。先日ホミリーと再会した際に意外な事実を知った。ホミリーが俺をガキの頃から好きだったということ。勿論そんなこと俺は知らなかったし…。
「お久しぶりです、アーロンさん。また『ジーザスのために』尽力させていただきますわ」
……「ジーザスのために」っていうのがなんか強調されてる気がする…。親父のにやついた表情からすると、ホミリーがずっと俺を想っていたことを知っていた様子。ったく…あの親父…。
「で、君が…」
「ああ、ヴァレリアスのカジノを仕切ってるカリブってモンだ。…そうか、アンタが有名なアーロン・オズボーンか」
カリブと親父が握手をしながら自己紹介をする。カリブは親父を知っていたらしい。まあ親父は有名だからな…。カリブはあんな悪趣味なゲームを主催する割に気の良い奴で、ムイやルークとも打ち解けていた。まあ、俺も悪い奴じゃないとは思う。だが…ホミリー…あいつは、ルーナをものすごく嫌っているように見える。…多分、勘違いとかじゃない。俺はルーナに告白した。まだ返事はもらっていないが、ルーナも戸惑っているようだ。でも、俺を完全に嫌っているというわけではないらしい。そんな状態で、ホミリーからして見れば俺を奪われた…と思っているようだ。
「…とりあえず、これでメンバーが揃ったんだ。満足だろ」
「ああ。これでやってみるといい。後はお前次第だからな」
そう言って笑う親父。そう…これからは俺がボスとして組織を束ねていかなきゃならない。一度間違えた俺の人生、ここからやり直すんだ…。
その後、俺達はとりあえず部下達を集めて新幹部を紹介することになった。中庭には屋敷に駐在する構成員、使用人全員…のべ百人以上が集まった。使用人達は皆黒いスーツ姿でいかにも荒くれ顔の奴から頭脳派そうな奴、それに女も三割ほどいた。構成員のほとんどは過去に犯罪を犯し、今では更正した者、またはオズボーンファミリー(俺というわけではなく、ほとんどが親父やじいさん、ひいじいさん)に世話になった連中。時々、オズボーンファミリーに憧れてきたという奴もいる。祖父、父、息子と三代続けてオズボーンファミリーに仕えるのもいるくらいだ。有事の際は戦い、普段は分担して街や屋敷の警備、巡回、鍛錬等を行っている。
使用人達もほぼ同じ理由だが、戦闘が出来ない奴らが屋敷や俺達の身の回りの世話をする。こちらは男女半々といったところだ。そんな奴らが一同に集まり、俺達の発表を待っている。
「……皆、忙しいところよく集まってくれた。この度、俺はオズボーンファミリー四代目ボスに就任した。そして、新たな幹部を紹介しようと思う」
壇上に立った俺が言うと部下達は皆真面目な顔でこちらを見る。
「まず、ルーク・ジョーンズ。俺がノイシュヴェルツの刑務所で会った仲間だ」
「よろしくなー」
気軽な態度でルークが挨拶をする。
「次にムイ・カルヴァスとホミリー・カーター。昔からいる奴は知っていると思うが…この二人は俺の幼なじみで、生まれた時からこの屋敷で育っているからファミリーのことは俺と同等に知っている」
「えー、ムイでっす。ファミリーに再び戻ってきたぜー!」
「よろしく」
やたら明るげに挨拶するムイと、ただ一言だけ言い放つホミリー。部下の中には中年や高齢の奴もいるから二人の事はよく知っているはず。
「そして、カリブ・マッチ。ヴァレリアスのカジノ王だ。名前くらいは知っている奴もいるだろう」
「おお、俺がカリブだ。ま、よろしく頼む」
カリブが腕を上げて挨拶をすると、部下達から拍手が起きた。そこで俺は少し迷っていたが…ルーナを見た。すると、ルーナもこちらを見て目が合った。彼女の気持ちは何となく理解していたし…おそらく、自分がどんな立場であるかを迷っているんだろう。「人質」…だが、今では違う…と俺は思っている。確かに最初は人質だった。だが、ルーナは望んでブリタナに来たし、俺はルーナに楽しんで欲しいって思っている。不自由はさせていないはずだ。勿論、こんなの誘拐犯のエゴだとはわかっている。…ただ、ルーナも笑顔を見せてくれるようになっていた。
「…それと、皆知っていると思うが……彼女はオズボーンファミリーの『客人』ルーナ・ブライアントだ。皆、これからも彼女を精一杯もてなすように」
「!」
ルーナは少し驚いた様子だった。そんな表情さえも愛しいと思うのは俺が変わったということなんだろうか。もしそうなら、俺を変えたのはルーナだ。世間にいくら悪人と言われても俺は構わない。大事な仲間やルーナを守れるなら。俺はルーナを見て少し笑みを浮かべた。ルーナを安心してここにいさせたかったんだ。…いずれルーナが帰る時が来るまで。
「……あ、あの、私は……」
ルーナは迷ったように部下達に言いかけた。何を言っていいのかわからないんだろう。頬を染めて俯くルーナ。俺はそっとルーナの手を握った。
「…大丈夫か、ルーナ?」
「……え、ええ。……っ、あの、私…!今まで…私が信じてきた正義のために尽くしてきた…あなた達の中には私を疎んでる人もいるかもしれない……だから、ここで…謝らせて欲しい……私はあなた達を…悪人だと思っていた…!……ごめんなさいっ……!!」
そう言うとルーナは頭を下げて謝った。その姿は、何故か俺達とはやはり住む世界が違う人間なのだと思い知らされた。どこまでも清純で、真っ直ぐで…穢れを知らないような。俺はルーナのそんな姿を見つめることしかできなかった。
部下への面通しを終えて俺達六人はリビングで昼の茶を飲んでいた。
「まさか俺が天下のオズボーンファミリーに入るなんて思わなかったぜ」
そう言うカリブは茶菓子をよくつまむ。ちなみに、屋敷専属パティシエが作ったクッキーだ。
「だよなあ。っていうかカリブはヴァレリアスのカジノ王だしもう既に有名人じゃん。俺なんかただの一般人だったんだぜー?」
「一般人はムショに入ったり脱獄なんかしたりしないわよ。あんたジーザスと付き合ってた時点で気質じゃなかったのよ。バカ」
「なっ、バカってなんだよ!!」
「バカにバカって言って何がいけないのよ!!だいたいアンタ、銃の扱い方がなってないのよ!この前ヴァレリアスで撃ってた時の構え、アレなんなのよ!」
ルークとホミリーが口喧嘩を始める。先日から思っていたが、どうやらこの二人は相性が悪いのか良いのか…知らない奴から見たら痴話喧嘩のようなものをよくする。これは意外だった。そんな二人をムイは楽しそうに見ている。
「おー、お二人さん仲良いねえ、これは恋のよか…ぐはっ」
「ふざけないでよムイ!!アンタ調子の良いことばっか言ってんじゃないわよ!!」
「そうだぜ!俺がこんなバカ女!」
「なんですって!!!」
「ホントのことだろうが!!!」
ムイの襟元を引っ掴んで怒鳴るホミリーと、さらに喧嘩腰になるルーク。ルークは比較的人当たりがいいが、女相手にここまで態度が変わるとは…。
「ふふ、でも皆いい人でよかったわ」
ルーナがふわりと微笑んだ。ああ、やっぱり可愛いな…。
「そうだな、『とりあえず』皆いい連中っぽいからな」
「とりあえずって何だよ」
俺の一言にルークが怪訝そうに言う。こうしていると、刑務所にいたあの荒んだ日々が嘘のようだ。温かな昼の日差しを受け、仲間とこうしてお茶をしているなんてな。
「よう、さっきの顔見せ良かったな」
「!アーロンさん!」
すると、そこに親父と姉貴がやって来た。姉貴はトラベルバッグを持って上着を着ているところを見ると、どうやら姉貴はまた外国から帰ってきたらしい。またムイが反応した。
「ビーナスさあああああん!!!おかえりなさあああああい!!」
「ただいまー、ああー疲れた!!」
「姉貴…相変わらずテンション高いな」
「そーおかしら?あ、そうそう客を連れてきたわよー」
そう言った姉貴の後方から現れたのは見覚えのある老人。俺は何度も世話になっているし、つい最近だって…。
「マクスウェルさん!」
「こんにちは、ぼっちゃん」
脱獄し、ブリタナに向かう際にラングルトで世話になったマクスウェルさんだ。いつもと同じ穏やかな微笑みを浮かべている。
「あれっ?なんでマクスウェルさんがいるんだ?」
「お前達のことを心配していたようだからな。来てもらったんだ」
ムイの問いに親父が答えると、マクスウェルさんは頷いた。そういえば、あれからマクスウェルさんには連絡してなかったな。マクスウェルさんはムイやホミリーを見る。
「久しぶりじゃのう、ムイ君にホミリーちゃん。大きくなったな」
「お久しぶりですわ、マクスウェルさん」
「いやー、お元気そうで何よりです」
すると、状況を掴めていないカリブが頭にハテナマークを浮かべる。
「ちょっと話についていけねえんだけど…」
そういえばカリブは親父達のこと知らなかったっけな。
「ああ、君がヴァレリアスのカジノ王、カリブだな?俺がアーロン・オズボーン、このバカの親父だよ」
このバカって俺のことかよ、親父…。
「アンタがあの有名なアーロン・オズボーンか…カリブだ。会えて嬉しいぜ」
握手をする二人。そして姉貴が割り込んだ。
「へーえ、なかなか男らしくてイイ男ねぇ?アタシ、このバカのお姉様。ビーナスよ。よろしくね」
またバカって言ったな…色っぽい笑みを浮かべながらカリブに近付くビーナス。姉貴は逞しい男を見たらいつもこれだ…。カリブもまんざらじゃなさそうな顔つき。
「ジーザスの姉貴?確かに顔つきはそっくりだなーでも…すげえ美人だしスタイルも良いし…」
「くぅぅぅぉらああああカリブ!!!ビーナスさんに鼻の下伸ばしてんじゃねえええええ!!!」
いつもと全く違う形相でカリブに食って掛かるムイ。そんな三人を放っておいて、マクスウェルさんはルーナと俺に話しかけてきた。
「ご無事で何よりです。先日、警察がラングルトにも来ました」
「!大丈夫だったんスか…」
「ええ、なんとか。なんでも警察上層部の若い幹部が自ら捜査に来ていて…そこは驚きましたがね」
その言葉にルーナがぴくりと反応した。
「若い幹部……マクスウェルさん、その人…どんな人でした?名前とか…」
「はい。ベリル・ロックイヤーと名乗っていました。ぼっちゃんよりも少し若いくらいの…ブロンド髪の男性でした」
「!ベリル………」
その時、俺はなんか嫌な予感がした。胸がざわつくような、そんな感覚だ。間違いなくルーナはそのベリルとかいう警官を知っているんだ。…ルーナはその男とどんな関係なんだ?
「…知り合いなのか?」
俺が聞くとルーナははっとした。ごまかそうとしたのか、少し戸惑っていたが小さく答える。
「…知り合いなの。……彼が自ら捜査をしているなんて…」
「……」
俺は知ってた。この感情が何なのか。俺は嫉妬していたんだ。その男に…。会ってもいないソイツに。ルーナはその男と恋人だったのか?だが俺はそれを聞けなかった。しばらく考えていたルーナだが、側に来た親父に話しかけられ顔を上げる。
「…今は悩むことが多くなるかもしれない。だがね、ルーナさん。…君が一番したいと思うことをするんだ。帰りたいと言うなら帰らせてあげるから」
「………いえ、しばらくここにいます。ここで…もう少し学びたいんです」
「…ルーナ」
「…大丈夫よ、ジーザス。…私の意思でここにいるから」
優しく笑うルーナ。その笑みが俺に向かっている事に少し安心した。そこでルーナは気分を落ち着かせるためか、紅茶を飲む為にティーカップを口に運ぶ。
そして、「ソレ」は起きた。
「!?」
「えっ!?」
すぐさま事態を理解できた奴はいなかったと思う。最初に気付いたのはルーナ自身、そして近くにいた俺とマクスウェルさんと親父だ。俺達の声に気付いて今だカリブに怒鳴り散らすムイとカリブ、姉貴、ルーク、ホミリーもこちらを向く。ぱっと見は何が起きたかわからなかったろう。
「なんだ?どうしたんだ?」
ルークがのぞきこむようにこちらを見る。
「…何が起きたんだよ…」
俺はそう答えるしか無かった。誰がこの状況を理解できるだろう?ルーナの持っていたティーカップは一瞬で、氷漬けになっていたんだ。それは本当に一瞬のことで、ルーナがティーカップを唇につけた瞬間に氷の塊になった。ルーナ自身、何が起きてるのかわからない様子。親父もマクスウェルさんも目を見開いていた。そして状況を理解したムイがワンテンポ遅れて驚きわめき出した。
「な、なんだああ!?なんでティーカップが凍ってんだ!?」
「わ、私もわからない…突然凍って…」
ティーカップはおろか、中身の紅茶まで凍り付いている。すると、親父がそのティーカップをそっとルーナの手から受け取り、観察した。
「……これは…」
「パパ、これって…」
姉貴が親父の後ろから凍ったティーカップを見つめ、深刻そうな顔をする。そしてマクスウェルさんもそれを見た。
「……よもや、このようなところで相見えるとは」
「…親父達、わかるのか?これがどういうことなのか」
「……ルーナさん。君は…大変な立場に生まれたようだ」
「えっ…?」
親父の声がいつもより低く、その声に驚きと戸惑いの声が含まれているのがわかった。
「アーロンさん、どういうことか教えてくださいよ」
急かすようにホミリーが言う。そして親父は言った。これからの俺達の運命を左右することになるキーワードを…。
「…ルーナさん。君は『体質者』だ」