act.19 氷麗の体質者

ひき続き、ジーザス・オズボーンの視点による。


「…体質、者?」

聞き慣れない言葉だった。俺も皆もよくわかっていなかった。親父と姉貴、マクスウェルさんはその言葉の意味をよく知っているようだった。カリブが聞き返す。

「体質者ってなんなんだよ?」
「…体質者とは、世界でもごくわずかの人間しか持たない特殊能力を持った人間のことだ。生まれながらにして奇病としてその能力を持ち、通常の人間にはありえない能力を扱える。体内にクロノという精神力を秘めており、それを使うことで独自の能力を使う事ができると聞く」
「体質者にはそれぞれ固有の能力があるが、未だ誰も現在何種の力があるのか把握できていない…中には未知なる能力もあるじゃろう。氷麗は氷や雪を操ると言われておる。ルーナさん、君の平均体温はいくつくらいかね?」

突然のマクスウェルさんの言葉にルーナは一瞬戸惑った様子だ。

「え、…三十三度くらいですけど。もっと低いときもあります」
「はあ!?三十三度って!!!」
「アンタちょっとやばいんじゃないの!?」

俺とホミリーが思わず叫ぶ。だって三十三度以下が平均体温の人間ってヤバイだろ。俺の平均体温は三十六度くらい。だいたい皆そんなモンだろ。低くて三十五度って奴もいるが…。すると親父とマクスウェルさんはやはり、といった顔だった。

「それが氷麗の体質者の特徴なんじゃよ。彼らは皆、生まれながらにして体温が異常に低い。それは、血液中に溶けない氷が含まれているからなんじゃ」
「溶けない氷?」
「そう、生まれ持っての体質じゃ。目には見えない本当に微小な氷の粒が血液に流れており、それは血液の温かさでも溶けない異常物質。それが汗と同じように皮膚から放出され、集まる事で体外に氷を作る。それが氷麗の体質者の原理じゃ。クロノという精神力も、人に備わる潜在能力と同じ。逆に体質者として生まれながら、クロノがうまく操れない…つまり意志が弱いために能力を使いこなせない者もおる。氷麗と同じように他の体質能力も科学的に証明できる。しかしそんな者達が存在する事すら一般人は知らんのじゃ」
「で、でも私は今までそんな能力持ってなかったし…」

確かに俺の知る限りルーナはそんな力を持っているとは聞いた事無かった。そもそも、そんな力を持った人間なんているのか?俺は半信半疑だった。

「皆さん、最近よくおかしな事件が起きると耳にしませんかの?科学では解明できない不思議な犯罪等」
「!確かに…聞いた事あるな」

ルークの言う通り、世界各国で奇妙な事件が起きているのは事実だ。俺は思わず口にした。

「じゃあその事件ってのは体質者とやらが起こしてるっていうのか?」
「そうだ。裏世界では昔から体質者が暗躍していた」
「…なんで俺には教えてくれなかったんだよ?」

姉貴は知っているのに俺が知らないってのはおかしいだろ。

「アタシは世界を飛び回って裏世界の権力者と関わっていくうちにその存在を知ったのよ。アンタはまだオズボーンファミリーとして活躍する前に家出して捕まったから知らなかったんじゃない。ま、体質者の存在は知る人しか知らないしね」
「…ルーナがその体質者の一人だっていうのか」
「そう、氷を操る『氷麗(ひょうれい)』の体質能力に違いあるまい。体質者には二種類ある。一つは、生まれて物心ついてすぐに能力を使える者。もう一つは、今まで普通の人間として暮らしていたがある日突然何らかの原因で能力が開花する者。ルーナさんの場合は後者だろう」
「……私が体質者…」

しばらく全員が沈黙した。氷麗の体質能力。一般人だと思っていたルーナが、すげぇ力を持っているんだとわかった。

「……ルーナに力があるからってなんだよ?ルーナはルーナだ。今までと何も変わらないさ」
「…ジーザス…」
「そうだろ、皆?」
「…ああ、その通りだぜ!」
「ルーナはルーナ、それに違いねえ」
「…ま、その力があれば比較的戦闘にも出せるんじゃないかしら?」

ホミリーのその言葉でふっと思った。そう、ルーナのその力は…戦う力にもなりうるんじゃねえかって。つまり、ルーナは人を殺せる力を持ってる……それはルーナを危険に巻き込むんじゃないかって俺はふと思ったんだ。俺はルーナを危険な目に遭わせたくない。

「…っ、ルーナ…お前無理して戦おうなんて思うなよ」
「……でも、私も…守られているだけなんて嫌なのよ。…せめて、自己防衛の術くらいにはしたいわ」
「…自分を守るためか……」

ルーナの気持ちはわからなくもない。皆に守られているだけの自分なんて嫌だろう。俺も昔はそんな気持ちだったからな。確かに、氷麗の力は自分を守る為の術にはなるだろうし…。

「…わかった、だけど俺が必ず守るから。どうしても、って時だけ使え」
「ええ。少しでも皆の役に立ちたいわ」

微笑むルーナは本当にきれいで見とれてしまう。横でホミリーが不機嫌そうな顔をしているのが気になるが…。一旦、その場が和やかになった気がしたが親父とマクスウェルさんは深く何かを考えているようだった。
それに気付いたルークがたずねる。

「アーロンさん、マクスウェルさん、どうかしたんスか?」
「……いや、体質者というものを今まで何人も見てきたが……恐ろしい力だ。そして大半の者が危うい事態に陥っている」
「危うい事態?」

カリブが聞き返す。

「裏世界で体質者は重宝される。そして同時に邪魔な存在として消されることもあるんじゃ」
「!消される…」

その言葉にルーナの表情が強張った。確かに、体質者の力はすごい。その力を使えばあらゆる面で役立つはずだ。しかしそれが脅威だと感じた敵はそいつをどうやっても殺すだろう。ルーナがそんなことになったら…俺は…!

「そんなことさせない!!俺は絶対ルーナを守る!!」

気付けば俺は叫んでいた。まわりは一瞬ぽかんとしていたが、男連中はいきなり吹き出した。なんだよコイツら…。

「ぷっ!いやあ、マジで惚れ込んでるんだなあお前」
「ジーザスのくせに生意気だろーはははは」
「そこまで言うなら四六時中くっついてればいいなぁ」

ルーク、ムイ、カリブの順に次々と色々言う男連中。こいつら…。だが、本当にルーナのそばにずっといて守ってやりたいくらいだ。

「とりあえず、しばらくは能力のことは我々以外に漏らさない方が良い。同時に、能力を向上させる訓練をするのがいいだろう」
「…はい」

親父の言葉にルーナは小さく答えた。一番不安なのは、ルーナ自身なんだ。



その日から、ルーナの能力を上げる為の訓練が始まった。屋敷には訓練場と呼ばれる大きな部屋がある。学校で言う、体育館のようなもんだ。そこで俺達や構成員達は武術の訓練をしたり、隣室には射撃用の練習部屋や、屋外の訓練場も存在する。
ルーナはその屋外訓練場にいた。俺と親父、ルーク達もいる。ルーナの目の前には人の形を模した的があった。

「ではルーナさん、最初はこの的に直接触れて凍らせてみてくれ」
「え、ええ」

親父に言われ、ルーナは的に近付き、そっと触れて目を閉じ念を込めるようにする。ルーナが言うには、最初ティーカップを凍らせた時は本当に無意識だったらしい。その後、何度かそういう感じのが起きたが、まだ能力が目覚めたばかりで自分が無意識のうちに勝手に物を凍らせたり、逆に強く念じる事で自分の意思で凍らせることもできるらしい。ルーナが的に触れた途端、一瞬にしてルーナの手のひらから現れた氷が的を伝っていき、すぐに的の大部分が凍り付いた。

「スゲェ!!」
「確かにありゃあすげえ戦力になるな…」

驚くムイに冷静に呟くルーク。確かに氷麗の力ってスゲェ…。

「なんだか…氷がさっきよりもよく出るような気がするわ」
「それは、段々能力に慣れてきたせいじゃの。目覚めた時はまだどう力を扱っていいかわからず…しかし今、この僅かな間にも自分の体の異変に段々慣れてきておるんじゃ。…次に、離れた場所から隣の的を凍らせてみるんじゃ」
「離れた場所から…」

凍った的の隣にもう一つ同じ的がある。ルーナは的から二十歩ほど下がり、そこから的を凍らせることに挑戦するようだ。どうやら本人はできるかどうかわからない様子。

「…結構遠い…」
「ルーナ、お前ならやれる…」

俺が声をかけるとルーナはこちらを振り向いて苦笑いした。そしてルーナは再び念じ、手を地面に付けた。すると、地面に氷が這っていき、的に向かっていった。その光景は現実とは信じられない感じだ。氷は的の足下まで行ったが、そこで急に氷の浸食が止まる。

「!?」
「ルーナ、大丈夫か!?」

見ればルーナが息切れしていた。やっぱり能力が目覚めた直後できついのか。ここまでが限界だったか…。俺はすぐさまルーナに駆け寄る。

「ルーナ…頑張ったな」
「はぁ、はぁ……いいえ、まだまだよ…こんな中途半端じゃ、何も変わらないわ」

まだ訓練を続けようとするルーナ。だが、親父が止める。

「いいや、今日はここまでだよルーナさん」
「アーロンさん…でも…」
「君は頑張り屋で生真面目すぎる。ついさっき能力が開花したばかりでやりすぎは禁物だ」
「…ええ、わかりました」

ルーナの能力……体質者…まだまだよくわからない。だが、ひとつ言える事は、ルーナがどんなことになっても俺はルーナを守る…それだけだ。


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