act.20 パーティーの夜

真夜中、ヴェルヌ本国のとある屋敷。そのとある一室にふくよかな体格の六十代と思われる悪人面の男と、暗闇に紛れて素顔が見えない男がいた。

「全く!オズボーンファミリーの新ボスだと!?あの脱獄犯の若造が!!以前奴が逮捕され、その隙にアーロンの野郎を引きずり落とそうとしたが……いいか、金はいくらでも払おう、必ずジーザス・オズボーンを殺せ!」
「…金次第だ。こっちも仕事なんでな」
「ああ、糸目はつけねえ!オズボーンファミリーがいなければこっちの仕事も上手く行くんだ…いいな」

悪人面の男の言葉を受けると、もう一人の男はそのまま部屋を後にした。



ルーナが体質者だと発覚してから三日が過ぎた。あれからルーナは毎日氷を出す特訓をしている。それまではたいてい屋敷にある大きな図書室で本を読んでいたり、自ら進んで使用人達の手伝いをしたりしていたが、一日の半分を特訓に費やしている。あれから少し離れた場所にいても目的のものを凍らせることもできるようになったが、まだまだ防衛術としては微妙。ジーザスはそんなルーナを見守っていた。 そして現在、夕食の時間。ジーザス、ルーナを含め、他の幹部達も食事の際は巨大な長いテーブルにそれぞれ決まった席があり(アンティークものの椅子がある)高級レストラン並みのフルコースが振る舞われる。

「ルーナ、頑張ってるみたいだな」

食事中にルークが発した言葉から彼女の話題が出た。訓練風景を見守っていたジーザスが隣にいるルーナを見る。

「ああ、今日は昨日より随分良くなってたぜ?」
「そんな…まだまだなんともいえないわ。マクスウェルさんやアーロンさんが言うにはもっと力は出るはずだって」
「でもさ、ルーナが氷を自在に操れたら夏とかはアイス食べ放題だし冷たい飲み物も飲み放題ってやつ!?」

はしゃぐムイに、ホミリーがトリュフをフォークで刺しながら言う。

「バカ、子供じゃないんだから」

ルーナの話題にホミリーは若干不機嫌そうでムイが苦笑い。

「お前なあ、そんな言い方ねえんじゃないか?」
「ホントのことを言ったまでよ。戦いの邪魔にならないだけまだマシね」
「だからなあその言い方が…!」
「ふ、二人ともケンカはダメよ!」
「そーそールーナの言う通りだって、おっこの生ハムうめええええ」

ルークとホミリーの険悪な雰囲気、必死に止めるルーナ、そしてひとり飄々と料理に舌鼓を打つカリブ。ジーザスは少しため息をついた。

「…まあ、とにかくもルーナはこれからも強くなるはずだ。それを俺達がサポートすればいいんじゃねえか」
「よっ!色男ー!かっこいいー!」
「ムイ、うるさいから黙れ」

ムイの方を見ずに一喝するジーザス。幼い頃から繰り返してきたことなので既に慣れてしまっている…という。それを見てルーナは苦笑いしながら言う。

「ふふ…皆には心配をかけるけど、私頑張るから…皆の力になるためにね」
「……」

少しだけホミリーがルーナを見るがすぐに目を反らす。ホミリーは相変わらずルーナを恋敵として見ているらしい。一瞬空気が凍ったような気がしたその時。ルーナの背後から現れたのは…

「お披露目会を開くぞーーー!!」
「きゃあっ!!!」

突然耳元で叫ばれてルーナは思わず叫ぶ。振り返ればそこにいたのはアーロンだった。

「アーロンさん!?」
「親父!!いきなり現れてなんなんだよ!てかお披露目会って…」
「部下達には新メンバーを紹介したが、傘下および友好的な組織への顔見せはしてないだろう。三日後の夜にでもパーティーを開くぞ」
「パーティーって…急だな…」

いつもアーロンはこんな風に唐突だ。しかし、既に準備を整えてあるのだろう。彼はそういう人物だ。

「とりあえず各自、正装を準備しておいてくれたまえ」
「正装…」

ルーナは少し迷った。彼女はブリタナに着いてからジーザスに山のような服や小物を買い与えられていたが(ジーザスが一方的に買い占める)正装といったものは持っていない。するとすかさずジーザスがルーナの考えを当てる。

「ルーナ、ドレス買いに行こうな、ドレスな」
「えっ、え、ええ…でも私ドレスなんて着た事無いんだけど…」
「イケるイケるーールーナのスレンダーな体つきならきっと似合うってー!」

ムイがキラリと眼鏡を光らせてずばっと言い放つ。ルーナは全体的に細く、胸は標準サイズといったところ。ブリタナに着てジーザスに買い与えられたミニスカートを履くまで基本的にズボンを愛用していたからわかりづらかったが、実はかなりの美脚の持ち主である。ムイの脳内ではその美脚をふんだんに露出するスリットの入ったドレスを着るルーナの姿が描かれていたり…。

「アンタ、変な事考えてるでしょ」
「…べっつにぃ!?」

ヨダレを垂らすムイを睨みつけるホミリー。単純に気持ち悪い、といったような目線だ。

「パーティーなんてさすがオズボーンファミリーって感じだな」
「参加の組織とかって…ムイんとこの組織みたいな?」
「ああ。オズボーンファミリーは世界的に力を持ってるからな…参加の組織や昔から仲の良い組織がいくつもあるんだ。勿論敵対する組織もあるけどな…」

新参のカリブとルークの問いにジーザスが答える。オズボーンファミリーのパイプは太いが、逆にその存在を邪魔だと思うものも多い。
それが三日後のパーティーではっきりとすることになる……。




その頃、ブリタナの港には外国からの輸入品が多く届けられていた。食物、衣類、家具、あらゆるものが木箱やコンテナに詰められて店へと運ばれる。その中に細長い黒の木箱があった。それを武器屋の主人が手に取る。

「オイ、コイツはなんだ?こんなもの頼んだ覚えはねぇぞ」

港の男に尋ねると、彼は答える。

「ああ、ソイツは先方からの差し入れだそうです。無料で差し上げるのでどうか引き取って欲しいと」
「なんだ、向こうさんそんなに気前よかったか?」

武器屋の主人がその箱を軽く開け、中を少しのぞくと目の色が変わり、急いで箱を閉めた。その様子を不審に思った男が聞く。

「なんだ?どうしたんです?」
「……ついに俺のもとにもコイツが回ってきちまった……ジーザスぼっちゃんに訳を話さないと…いやしかし…」

独り言のようにブツブツ言う主人。その木箱の中身は、後にジーザスの運命を大きく変える一品となるのを誰も知りはしなかった。



そして三日後。ブリタナはお祭り状態だった。夜空の下、色とりどりのぼんぼりや提灯が飾られ、屋敷内は照明が輝き、バイオリンやフルート等の生演奏が流れる。次々とリムジンから出て、屋敷に入っていく着飾った男女。それらは全員、オズボーンファミリーと親交のある裏世界のボスやその妻、部下達だ。大広間にそういった人々が集まりダンスを踊り、立食を楽しむ。正装したルーク、ムイ、カリブ、ホミリーは挨拶をしていきながら自然と四人集まった。

「ふぅー挨拶回りも疲れるなぁ」
「なんだかんだ裏世界の重鎮だからなぁ」
「俺なんて初対面なのに『あのカジノ王だろ!?』って言われちまった」
「まあ今後顔を売っておけば役立つわよね」

大広間は本当にたくさんの人で埋め尽くされている。見覚えの無い人物もいるが、とりあえずオズボーンファミリーとして挨拶はしているが区別がついていないのもいるわけだ。ホミリーはきょろきょろと辺りを見回す。

「?どうしたホミリー」
「……ジーザスとルーナを探してんだろ?」
「…な、べ、別にそんなんじゃないわ…」

確かに先程からジーザスとルーナの姿が見えない。ジーザスに想いを抱くホミリーだからこそ二人がどこぞでいちゃついてないか不安なのだろう。赤いドレスを着たホミリーは拗ねたように顔を反らした。その時、ホミリーの視界に気になる人物が映る。

「…ん?」
「?なんだよ?」

ルークがホミリーの視界の先をとらえる。すると、そこには明らかにおかしい人物。黒いチャイナ服を着てふらふらとした特徴的な歩き方をする若い男。にこにことしながら立食の食事をつまみながら徘徊している。

「…あれ、誰だか分かる?」

視線を外さないまま、ホミリーがムイにたずねた。

「…いや、わかんねぇ。エイジアの奴っぽいな」

ムイもその男がわからないらしい。東洋の大国エイジア特有の服装から見て、エイジア系マフィアの人物かと思われるが、先程から誰とも会話していない。一体彼は何者だろうか?
すると、大広間に黒いタキシード姿のジーザスと濃紺のマーメイドドレス姿のルーナが現れ、部屋がざわついた。友好組織の中でもルーナの噂は広まっていた。ジーザスが連れてきた、看守の女。そのことを気にしている組織関係者もいた。だが、美しく着飾ったルーナを見てたいていの男達はその美しさに息を飲んだ。それは裏世界に生きる女とは全く違う、穢れの無い真っ白な美しさ。少し気恥ずかしそうにジーザスの影に隠れる動作が清らかさを感じる。するとジーザスが言う。

「今夜は集まってくださりありがとうございます。俺の新しいオズボーンファミリーを支えてくださる皆さんのため、本日は楽しんでいただきたく尽力致します」

きれいな動作でお辞儀をするジーザスに拍手があがる。そんな中、一人の若い男がジーザスとルーナをじっと見つめていた。

(…そうか、アイツがジーザス・オズボーン……ならばうまく利用させてもらうぜ…あの女をな)


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