act.21 殺し屋ダルク

オズボーンファミリー新メンバーの顔見せパーティーの夜。ルーナはジーザスに手をひかれながら客達の前に現れた。
濃紺のベストに金の装飾が施された服のジーザス、そして白と水色のきらびやかなドレスを着たルーナの姿に人々は美しさのあまりにため息をつき、見とれる。ジーザスはルーナの耳元でそっと囁く。

「ほら…皆、ルーナを見てるぜ。きれいだからな」
「そ、そんなっ…ことないわよ…」
「ルーナみたいな感じの女は『こっちの世界』にはいねえもんなんだよ」

裏世界の女は皆、『裏』を知っている顔つきをしている。そのため、どこか力強く、精神的に濃い、そんな印象がある。ホミリー等が特徴的だ。
それに比べ、ルーナは裏を知らない、澄んだような印象を受ける。清らかすぎて、人によっては汚したくなるような白さ。だからこそこの会場で着飾れば余計に目立つ。
ジーザスは一歩前に出ると部下からマイクを受け取り、話す。

「皆さん、ようこそいらっしゃいました。我々オズボーンファミリーはメンバーを一新し、生まれ変わりました。皆さんのご協力を得たいと存じますので…よろしくお願い致します」

ジーザスが頭を下げると客達が一斉に拍手を送る。ジーザスはこれほどの裏世界の人々から認められる存在なのだとルーナは感じていた。

(やっぱり…私とは住む世界が違う人……)

どこかジーザスと距離を感じたルーナ。少し俯いているとジーザスに手をひかれ、客達の挨拶に連れて行かれる。

「ミスター・バンツ。こちら、客人のルーナです」
「おお、君が噂の!いやあ本当に美しいね」
「あ、えと、どうも…」

にこにこと自己紹介をしてくるマフィアのボス達。やはり皆温厚でとても紳士的だ。また、ボスの妻達もまるで貴婦人のように優雅で本当に淑女。ルーナはとにかくジーザスに恥をかかせないように丁寧に対応した。誰もがルーナを看守だからといった扱いをしない。まるでジーザスの妻のように扱ってくれた。

(…ここにいる人達は私の知る悪党じゃない…)

ここでもまたルーナの心が揺れ動いていた。



それからしばらくして、ジーザスは客の対応に忙しく動いていた。皆、昔からの大事な繋がりがある。その時、ジーザスはルーナに気を使い、少しの間飲み物でも飲んで休むように囁くとまた挨拶回りに行ってしまった。

「…ふぅ」

ルーナは会場の隅の椅子に座った。着せてもらったドレスはとてもふんわりとして多少座りづらいが、本当に豪華なものだ。ジーザスがルーナのためにわざわざオーダーメイドして作らせたもの。

(…本当にこんなものまで着せてもらって、私…何かお返しをしたい…与えられるばかりじゃ満足できない…)

ブリタナに来てから様々な人と出会い、新たな発見がある。そして人々が皆とても優しい人たちだと…。さらに、目覚めた氷麗の体質能力。ルーナは今はっきり言って自分が何をすべきか迷っていた。

(今ヴェルヌに帰っても…私は一体どうしたらいいの?…警察はジーザス達を逮捕するのなら…そうしたら私は…)

なぜか、それが恐ろしいと思った。ジーザス達が逮捕されることが怖い。だからこそ帰れない。

(もう少しここで…正義を学ぶ…そうよ、そのためにここに…)

その時だった。

「よろしいですか?」
「!」

突然誰かに声をかけられた。ルーナが顔を上げると、そこにいたのはジーザスと年齢が変わらないくらいの若者。黒いスーツを着込み、長い前髪が特徴的。シャンデリアに透かすと紫がかった黒髪。にこりと柔らかく笑っている。

「あなたはジーザス・オズボーン様のお客人…ルーナ・ブライアント様ですよね」
「え、ええ、あなたは?」
「私はドン・ドルーゴ様の部下、ダル・ノッソスと申します」

一瞬誰のことなのかわからなかったルーナだが、彼…ダルが振り向き見た視線の先に他の客と笑いあう腹の出た禿頭の男が見え、彼がドン・ドルーゴだとわかった。

「どうされたのです?おひとりで…」
「いえ、ジーザスが休むように言ってくれたんです」
「そうですか…こんな舞台は初めてですよね。確かにお疲れでしょう?…少しこちらで涼みませんか」

そう言うとダルはさりげなく顔を近づけてきた。普通の女性ならその端正な顔立ちを間近で見ただけでとろけてしまうだろう。ルーナは一瞬戸惑って少したじろいだ。

「…なんなんです?」
「…いえ、あまりのあなたの美しさに見とれてしまって」
「……」

するとルーナはしばらく考えた後、顔を上げてにこりと微笑んだ。

「ええ、少し涼みたいと思っていたのです。…あの通路を行った先に広いバルコニーがあるので、そちらへ」

ルーナの誘いにダルは乗った。二人でそっと広間を抜けだし、通路を進んでいく。それを先程ホミリー達が見たエイジア風の男が確認し、小さく笑った。



「いやあ、さすがはオズボーンファミリー邸。とても広いですね」

ダルはあたりを見渡しながら微笑み、一方的に喋り続ける。パーティーの真っ最中であるため、通路には人が全くいない。現在夜の9時。月明かりが暗い廊下を照らしている。ルーナはダルの後ろを歩いていた。

「ルーナ様、客人としての滞在はどうです?オズボーンファミリーの皆さんとは親しくされているとか…」
「………」
「いやあ、あなたも大変な目にあっていらっしゃるようで…祖国へ帰りたいとは思わないのですか?ご両親が心配していると思いますよ。所長であられるお父様に病弱なお母様も…」
「………あなたは何者なの」
「?なんです?」

ルーナの小さな言葉にダルは足を止めた。振り向くとルーナは看守の頃のきつい眼差しでダルを睨んでいた。

「…ジーザスは私のことを看守だとしか言ってない。父が所長だということは情報で知っていたかもしれないけど、深く調べない限り母が病弱だということは知ることなんてできないはずよ。ジーザスの傘下の組織がそんなことするわけない…あなたは誰なの!!」
「……なんだ…ククッ、ただの素人女ってワケじゃなかったのか」

ダル……その男はにやりと笑うと、くつくつと笑い始めた。そして顔を上げるとその表情は先程の柔らかな笑顔とは真逆の猟奇的な顔つきになっていた。

「褒めてやるよ、ルーナ・ブライアント!俺の名は殺し屋ダルクだ…」
「!!殺し屋……」
「ジーザス・オズボーンを殺すためにお前を人質にしようと思ってたんだが…とんだ誤算だ。ただのバカ女だと思って優しく口説いてやろうと思ったんだがな」

ダルクは腰からナイフを抜くと、舌でべろりと舐めた。ジーザスと年齢はさほど変わらないであろう外見、しかし邪悪な気配が漂ってくる。
ルーナはその気配を知っていた。それは刑務所にいた凶悪犯と同じ気配。犯罪に手を染め、さらに犯罪を重ねる者の気配。

(この男…なんて殺気なの…先程とは大違いだわ…)

背筋がぞくりとするくらいの殺気にルーナは怯む。ダルクはナイフを構え、切りかかってくる。ルーナは咄嗟に避け、距離をとると地面に手をつけた。すると氷が地面を這っていき、地面から生える槍となってダルクに襲いかかろうとするがダルクは宙に飛んだ。

「!氷麗の体質能力か!!こりゃあ珍しいな!」
「知っているの!?」
「そりゃあそうさ…俺だって体質者だからな!!」
「!!!」

なんとダルクは自分を体質者だと言うのだ。驚くルーナ、そしてその表情を見て満足げに笑うダルク。するとダルクは手のひらをルーナに向けた。

「他の体質者を見るのは初めてか?お姫様よ!!」

そう言うとダルクの手のひらから黒い光が生まれ、ブラックホールのように見えた。すると、ルーナの放った氷が形を変え、塊となるとルーナに向かっていったのだ。

「!!!?」
「これが俺の能力…『支配』の体質能力だ!!!」
「支配…!?」
「俺はあらゆるものを支配し、操ることできる!お前の放った氷も俺が操れるってわけだ!!」

ダルクが操るルーナの氷がルーナに向かっていく。ルーナは思わず目を閉じた。


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