act.26 妖刀 黒烏




ルーナがブリタナを離れてから一ヶ月が過ぎた。

「……ジーザス…いい加減元気出せよー?ボスとしての仕事せめてしてくれ…」
「……」

あれからジーザスはものすごく落ち込んでいるのが目に見えてわかる。見ていてこちらが凹むくらいにネガティブオーラを漂わせていた。
ルーナのためを思って帰したはいいが、彼女がいない日々がとても寂しい。

(それでも……ルーナは『あっち』の人間なんだ。…もう、俺達に関わっちゃいけねえって……わかっているのに…)

ルーナに会いたい。本当は彼女を帰したくなかった。だが、ルーナの幸せを願うなら親元へ帰し、再び正義の人として職務に復帰させてやることが一番だった。
元々、彼女は人質…被害者なのだから。

「元々あの子は私達とは生きる世界が違ったのよ。場違いだったの」
「おいっホミリー、そんな言い方…」
「私、何か間違ってるかしら?」

ルークに向かって強い口調で言うホミリー。彼女はルーナと違い、生まれも育ちも裏世界の女性。ルーナとは何もかも違った。だからこそ、彼女が元の世界へ帰るのが最前だと考えていた。

「…気質の子が裏世界で生きて行くなんてことが無理なのよ。…あの子だって、きっと幸せになれるわよ……」
「……」

ジーザスは執務室のデスクに突っ伏していたがそっと顔を上げる。

「……悪かった、みんな。……ルーナの事は…俺も理解しているつもりだった。……俺はオズボーンファミリーのボスを継いだ。…きちんと、みんなやこの島を守らねえとな」
「ジーザス…俺達もサポートするからよ」

顔を上げたジーザスを見てルークも笑いかけた。
ジーザスも薄く笑みを浮かべると、溜めた仕事を始末すべく立ち上がった。

(ルーナ…俺も頑張って生きていこうと思う…だから…これからもお前の事を好きでいていいか……)

その時、部下の一人が執務室のドアをノックする。

「失礼します、ボス」
「ああ。どうした?」
「武器やの主人マーキスがボスに見せたいものがあると言っていますが」
「?おやっさんが?」

ジーザスとルークが首を捻る。ルークは今、武器屋のマーキスのところで様々な武器について学んでおり、使い方も教わっている。いわばルークの師匠。
ジーザスとホミリーも幼い頃から世話になっており、ジーザスを「ぼっちゃん」と呼び世話を焼くブリタナ古参の住人の一人。

「客間に案内しろ。…おやっさんが見せたいものってなんだろうな」
「また変な骨董品でも仕入れたんじゃないの」

ホミリーが溜め息をつきながら三人は客間へ向かった。



客間には五十代後半の武器屋主人マーキスが何やら不安げな表情で長い包みを抱えていた。いつもの明るい主人の態度は無い。

「おやっさん、どうしたんだ?」
「!あ、ああ…ぼっちゃん!ああ…良かったぜ」

マーキスは彼らしくなく、しどろもどろだ。

「俺に見せたいものがあるって聞いたんだが…その包みか?」
「…実は数日前に俺が注文した荷物に紛れてこれが……俺は一目でわかった。噂にしか聞いた事がなかったんだが…これは『妖刀』だ」
「妖刀?」

ジーザス達は思わずオウム返しをしてしまった。
妖刀というと、剣や刀に魂が宿り持つ者に災いや何らかの影響を及ぼすとされている武器の一つ。最も、伝説や言い伝えに過ぎないと考えられているが…。

「おやっさん…妖刀とかそんな噂信じてたのかよ」
「間違いねえ!!こいつはかつてジャポンで作られ、後に別の国で恐ろしい悪霊に取り憑かれたっていう妖刀『黒烏』(くろからす)に違いねえんだ!!」

マーキスは恐ろしい形相で怒鳴った。その中には恐れが見える。

「黒烏っていう刀の名前は聞いたことがあるわね、持つ者を選び、ふさわしくない相手は必ず不幸が起きると言われてる…まあ噂しか聞いた事無いし本物は見た事が無いけどそれが本物って言うの?」

武器商人の娘であるホミリーは世界の武器について詳しい。黒烏の存在も知っているようだが、やはり噂の域を越えない。

「…包み、解いてみせてくれないか?」
「いいが、ぼっちゃん…気をつけろよ」

マーキスが恐る恐る包みを解いていくと、現れたのは黒く艶やかな鞘と柄の刀。とても澄み渡り、美しいとまで感じる。
ジーザスは黒烏を受け取り、少しだけ鞘を抜き刀身を見る。
驚いた事に、刀身までもが真っ黒で角度を変えるときれいな波打った模様が浮かび上がる。まさに黒烏の名にふさわしい。

「…なあ、おやっさん。この刀、俺に譲ってくれ」
「「「はあ!!?」」」

ルーク、ホミリー、マーキスの声が重なった。

「あんたバカじゃないの!?それ、呪われた刀だって言ってんのよ!そんなことしたらあんた、呪われるわよ!」
「俺はそんな迷信信じないっての。最近、銃の調子が悪かったからな…剣も使ってみようかと思っていたところさ」
「お前…平気なのかよ?」
「ルーク、お前もナイフ使うの得意だろ。刃物の使い方、少し教えてくれよ」
「はぁ……」
暢気なジーザスに溜め息をつくルーク。

「ぼっちゃん…本当にいいのか…そりゃあもしかしたら本当にあんたに不幸を運ぶかもしれねえってのに…」
「俺が決めたんだ。もし不幸が起きたとしてもおやっさんはなんも悪くねえからさ。ありがとうな」

ジーザスのこの優しさはオズボーンファミリーボスが代々持つもので、マーキスはこれ以上何も言えなくなった。
マーキスが帰った後もジーザスは黒烏をえらく気に入ったようで鞘から抜いたり、触れたりしていた。

「黒烏……か。いいもん手に入れたな」
(ルーナがいなくなった代わりに…黒烏がやってきた…なんか皮肉だな。……今は何かに集中して、気を紛らわせておかないと……ルーナに会いたくてたまらなくなるんだ……)


一方、ヴェルヌの首都ノイシュヴェルツの警察病院にはルーナが入院していた。
怪我や病気はしていないか、おかしな薬物を投与されていないか等細心の注意を払った検査を受けていたが、彼女の体質能力はあっさりとばれた。
血液中に氷の粒が流れている事に気付いた医療関係者達はとても驚いていたが、ルーナが体質者の説明をするとこそこそとどこかへ連絡していたようだった。
現在は、病室で安静にするよう言われていたため、暇な時間。

「はぁ…」

誰もいない真っ白な広い病室。本来ならこんな大部屋に一人の患者だけ、というのは相当なVIPくらいしか入れられない。
今回、ルーナは『大勢の脱獄囚にさらわれて奇跡的に生還した可哀想な被害者』ということで世間的にも知られた上、なおかつ体質者だということ、警察長官の息子の見合い相手ということで非常に良い待遇を受けているのだ。

(警察幹部は結構もめているようね…なんせ『悪党』のオズボーンファミリーから生かして帰された人質…だものね)

世間では、オズボーンファミリーは恐ろしいマフィアで、人質等とったら生きては帰さないとまで噂されていた。実際にはオズボーンファミリーが人質をとることなどありえないのだが、噂に尾ひれがついた結果である。

(なんとしても私がオズボーンファミリーの濡れ衣を晴らさなくちゃ……彼らはとても優しくて暖かい人達だった。まずはマスコミを集めて…)

ルーナがそう考えていると、部屋をノックする音が響く。

「!どうぞ」
「ルーナ。具合はどう?」

入って来たのはベリルと、心理学者兼体質能力学者のマクリーチだった。

「ええ、おかげさまで特に異常はないわ」
「驚いたよ…君、不思議な力があるって…体質能力…だっけ?奴らに何かされて…薬でも投与されたのか?」
「まさか。彼らはそんなことしないわ!この力は突然目覚めたの。あの人達は関係ないの」
「ちょっと。……いいですか?」

二人の会話を遮ったマクリーチ。にこり、と痩せこけた頬をさすりながら彼は言う。

「前にも言いましたが…私は体質者の方々を研究していましてね。元々は心理学者だったのですが、患者の方に体質者の方がいまして…それで研究を始めたのですよ。お見受けしたところ、あなたは氷を操る…『氷麗』の体質者のようですね?」
「ええ…」

体質者という存在は知っている人は知っているらしく、既にルーナの詳しい体質能力データはヴェルヌ本土の体質能力を知る人々に伝わっているらしかった。

「帰って来て早々で申し訳ないのですが、少し検査をさせていただけないでしょうか…。あなたのように貴重な体質者の方を一度ぜひ調べたいのです」

ルーナは初対面の時からこの男に違和感を感じていた。はっきりと 何、とは言えないが不気味な気配を感じて仕方なかった。

「……その前に私、公表したいことがあるのです。その後でしたら」
「いけませんよ、あなたは一刻も早く本格的な体質者検査をしなければいけません。一般病棟の簡素な検査ではあなたの体が心配です。オズボーンファミリーにどんな実験をされたか…」
「ちょっと待ってください、オズボーンファミリーは関係ないでしょう!」

マクリーチはまるでオズボーンファミリーがルーナに何らかの実験を行ってはじめて体質能力が目覚めたような言い方をしたため、ルーナはすぐ遮った。

「覚えていないのも無理は無いでしょう。奴らの非道な人体実験では記憶を保っていられない」
「博士、どういうことです?」

ベリルが詳細をたずねた。

「ブライアント嬢。あなたは、ブリタナでオズボーンファミリーによって体質者の人体実験をさせられ、体質能力を開花させられたのですよ……」
「…え………そんな、……まさか……彼らがそんなことするわけない…!」

一瞬ルーナは硬直するが、すぐにその考えを否定する。ルーナが見てきたブリタナの人々やオズボーンファミリーはそんなことをする人間ではない。

「あなたは騙されているのですよ。彼らと過ごすうちに彼らに情を抱いてしまった。…犯罪被害者がよくかかる心理のうちのひとつです。犯人と長い事共にいると、彼らの身の上に同情し、最悪の場合犯人を『愛していると錯覚』してしまう。けれど、それは本当の気持ちではなく、事件の恐怖から来る『死にたくない』という感情なのですよ。犯人を愛せば自分は助かるかもしれない、だったら愛していると誤解すればいい…と、脳が思ってしまうのです」
「……そ、…そんなこと…」

ルーナは言われて初めて気付いてしまった。
ジーザスの本当の優しさに触れて、いつの間にか自分は……。だが、それは偽りの感情だとしたら…。

(私…私は………ジーザスを…好き………『だと思い込んでいた』……?)

ルーナの心に大きな波紋が生まれていく……。


inserted by FC2 system