act.29 白雪の魔女

「ここだな」

夕暮れの大都会ノイシュヴェルツ。
ジーザス達は今、ヴェルヌ本土に渡り、この大都会の片隅に建つ警察病院の前にいた。夕方になると人通りも少ない。指名手配犯である彼らも行動がしやすくなるのだ。

「ここにルーナが入院してるって話を聞いた。…それに、時々秘密裏に人が消えるって話もな。入院したきり、姿を見せなくなった患者が何人もいるっていうぜ」

情報を仕入れて来たダルクが言った。今、ここにいるのはジーザス、ダルク、ルーク、レン。残りのホミリー、ムイ、カリブは別行動で車を用意し、待機している。ジーザス達の服に付けた無線機で会話はでき、いざとなったら逃走するためだ。

「本当にお前の言う通り、警察や政府が…体質者らしき患者を連れ去って…」
「ルーナが体質者だとばれたら……」

つぶやくように、ルークとジーザスが言った。ヴェルヌ政府は建国当初から様々な黒い噂がある。それが今、体質者というキーワードによって確信へと変わりつつあった。

「とにかく、ルーナを見つけ出す。医者にでも変装して中へ潜るぞ」
「お前が仕切るなよ…だけど変装はいいな。行くぞ」

ダルクの提案にしぶしぶ従いつつも、ルーナを救いたい一心でジーザスはそれを採用した。
一同は念のためと用意しておいた白衣を纏い、髪型を少し整えたりして医療関係者に変装して病院へと入っていった。正直、この病因は大きく医師、看護士含め多くの医療関係者がいるため、四人ほど増えても新入りか、別の病院からのヘルプ要員だと思われやすい。あっさりと潜入できた四人はルーナを探して看護士から話を聞くことにした。

「ルーナ・ブライアントという患者は何号室かわかるか?」

ルックスの良いジーザスにたずねられ、若い看護士は頬を染めた。

「は、はい。…ルーナ・ブライアントさんは……あら、もう退院されていますわね。いつの間に…」

手元の資料を見ながら確認していた看護士だが、首を傾げた。資料には、ルーナは既に退院しているとのことだったのだ。しかし、事前にダルクの情報網でルーナはまだ自宅に帰っておらず、病院から外出した形跡もないとわかっている。

(ルーナはまだ病院内にいるはずだろ…)

ジーザスは考えた。看護士に礼を言い、四人は休憩室の片隅で話し合った。

「ルーナが退院しているなんてウソだよ。僕とダルクの情報に間違いは無いし」

真っ先に口を開いたのはダルクと長年仕事を共にしているレン。彼もまたダルクと共に情報を集めていた。

「そうだな…おそらく本当に政府が関わっていて、ルーナの痕跡を消したんだ。ってことはこの病院そのものが政府の実験場かもしれないな」
「病院が実験場…………地下か何かにそういう施設があるとしたら…」

ルークの言葉にジーザスは顎に手を当てて思慮した。病院内でまだ見ていないのは……立ち入り禁止区域とされている地下への階段。そこは病院関係者の一部しか入れないらしい。

「行くか。地下の階段」
「……ああ。そこに…ルーナがいるかもしれねえ」

ダルクとジーザスは顔を見合わせた。この二人は、どこか似ている。口は悪いが、仲間を放っておけない兄貴分的な気質。そして、同じ清純な女性を愛してしまった。そのためには、気が合わない人物とも手を組む協調性。
すべては、ルーナの為だった。



同じ頃、ヴェルヌのラングルト港に辿り着いた一人の女性。
燃えるような赤い髪をポニーテールにし、やや露出が多い黒いビギニ系のチューブトップに短いジーンズのズボン。そして黒いサングラス。
ヴェルヌでは珍しい格好の女性に船頭の中年男性が問いかけた。

「お姉ちゃん、外国の人かね?ヴェルヌへは観光かい?」
「んー、そんなとこよ。あとは、『夫』に会いにね」
「へえ、お姉ちゃん旦那さんいたのかい。旦那さんは仕事でヴェルヌに?」
「うふふ。どうかなぁ。でもちょっと、……一発ぶん殴りたいかな?」

不適に笑う女性は嬉しそうにヴェルヌの町並みを見渡した。



一方、ジーザス達は地下への階段を降りていた。階段は一階の奥の奥に存在した。近づくにつれてなぜか電球が切れ、真っ暗。夕方だというのに深夜のような暗闇だった。おそらく一般人はこの時点で逃げ帰るだろう。階段の前には大きく『立ち入り禁止』と書かれたテープが貼られていたがジーザス達はそれを無視して足下に注意しながら階段を降りていった。

(息が詰まるような感覚……降りるにつれて感じる嫌な気配………間違いなく、この下に何かありやがるな)

息詰る感覚にジーザスは目を細めた。武器として、背中に妖刀黒烏を背負っている。黒烏は比較的刀としては短いもののため、白衣で背中から足にかけて隠すことができた。まだ使いこなせている感覚はないが、無いよりはマシだろう。その他に拳銃を二丁腰に隠している。他の面々も銃とナイフを装備していた。もし、政府関係者とやりあうことになっても勝つ自信はあった。


そうして長い階段を降りた先に扉があった。

「扉、開かねえ」
「ま、そうだろうな。…おい、レン」
「はいはーい」

ダルクに呼ばれ、レンは嬉しそうに前に出た。そしてしゅぱっと、懐からなにやら細長い器具のようなものをいくつも出して来た。

「こんなもの僕にかかれば一発だよ」
「こいつ、鍵開けんの得意なんだ」
「空き巣犯みてーだな」

ジーザスは思わず突っ込んだ。彼らは空き巣犯どころか、マフィアと殺し屋なのだが……。ものの数分で鍵はあっさり開いた。ジーザス達は気合いを入れて扉を平光としたが…。

「ああ…本当に来てくれたね。さすがはオズボーンファミリーだ」
「!?」

突然、扉の向こうから声が聞こえた。そのせいで扉を開こうとしたジーザスの手が止まる。明らかにこちらの存在に気付いて声をかけてきている。

「ああ。そのまま扉を開いて下さいよ。大丈夫ですからね」

扉の向こうの声の主は優しげだった。明らかに怪しいが、このまま押し黙っているわけにもいかない。扉を開けた瞬間、銃撃されるかもしれないが。

「…何者だ」
「体質者研究の学者です。マクリーチ・ベクター。あなたがたの探しているルーナさんをお預かりしているので」
「!……ルーナは無事だろうな」
「はい。生きていますよ」

ルーナがこの扉の先にいる。ジーザスはダルクらと顔を見合わせると、ぐっと扉を開いた。



扉の先は暗い研究室だった。ルーナが見た景色と同じ、機械と水槽が並ぶ部屋。扉の前には先程の声の主、マクリーチがいた。

「ようこそ。オズボーンファミリーの諸君」
「!お前は……」

まるで待ち構えていたかのような登場にジーザス達は思わず身構えた。不思議といつも使う銃ではなく、包みで隠していた妖刀、黒烏に手が伸びる。

「いいタイミングで来たね。本当によく来てくれました……」
「てめえ、ルーナをどうした…ルーナは無事なんだろうな!!」
「ええ、無事ですよ。ですが元気かと言われれば…わかりません、本人すら理解していないでしょう」
「どういうことだ!」

にやつくマクリーチの笑みがジーザスは腹立たしかった。ルーナをヴェルヌ本土に帰せば彼女は幸せになると思っていた。だがこの目の前の男は明らかにルーナに何かをした。
すると、部屋の奥に気配を感じ、ダルクがばっとそちらを見やる。

「……ルーナ……っ!!?」

ダルクが思わず呟いた瞬間、『彼女』はダルクに向かい右手を掲げた。すると鋭い氷の槍が手のひらから生成され、ダルク目がけて放たれた。当たれば大怪我は免れない攻撃にダルクは一瞬焦ったが咄嗟に避けた。
そこにいたのは虚ろな瞳に白いドレス姿のルーナ本人だった。

「ルーナ!?」
「一体どうしちまったんだよっ!」

驚くレンとルークの声さえも聞こえないかのようにさらに氷の槍を放つルーナ。四人は何がなんだかわからないまま避けるしか無い。
そんな姿を嘲笑うかのようにマクリーチは叫んだ。

「ははは!教えて上げましょうか、彼女は今!!自我を無くしたまさに生きる戦闘兵器!!体質者としてあるべき姿そのものなんですよ!!」
「なんだと!?」
「私の研究…それは体質者を使った戦闘兵器の開発!!体質者の自我を無くし、彼らを命令に忠実な兵士に作り替えること!!古来より体質者はその能力故に各国で捕らえられ、兵器として利用したり、エネルギー源として活用されてきました…故に体質者は激減、現代では彼らの存在を知る者は少ない。だからこそ私は体質者を求めていました!!まさかこんな良い素材がいるとはね!!!」

狂ったように笑うマクリーチはまさに異形の存在だった。ルーナを兵器に変える…そんな愚かで浅ましい考えにジーザスの心には怒りが重なっていく。ルーナの氷を避けながらついに重い刀の鞘を抜いた。

「……てめぇ!!!」
「私を殺す!いいでしょう!しかし私が死ねば彼女は永久に戻らない!!」
「なんだとっ……」

自分を殺すことなんて不可能。そんな態度を取るマクリーチ。ジーザスの刃が止まってしまう。こんな奴を生かしておけない、だが殺せばルーナを元に戻す方法がわからなくなる。
その時、ルーナの氷の槍がジーザスの腕を擦り、血が吹き出る。

「くっ!」
「ジーザス!!!」

ルークが叫ぶが、彼自身もルーナの氷に阻まれて助けに行くことができない。
すると好機とばかりに氷のように冷たい瞳をしたルーナが両手を空に掲げた。

「さあ!!ルーナさん!!!貴女の手で彼を殺しなさい!!」

高笑いをするマクリーチの声と共にルーナのまわりから雪が吹き出し、やがて室内で猛吹雪へと変わった。その時ジーザスは改めて感じた。体質者という存在の本当の恐ろしさを……。

「ルーナ!!目を覚ませ!!」

その声さえも吹雪の中に消えていく。ルーナの手のひらからは巨大な氷の球体が生まれ、ジーザスへと向けられようとしていた。

「ジーザス!!!」
「あのバカ…!!!」

氷の壁に阻まれて駆けつけることの出来ないルークの叫びとダルクの悔しげな呟きが吹雪の室内に消えていった。
そしてついにルーナの手から氷の球体が発射された。


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