act.3 脱獄

その日は突然訪れた。
ジーザスとルークが服役してから半年と四週間が過ぎた、冬のある日だった。
あれからジーザスとルーク達は食事や刑務作業の合間に他の囚人達にこっそりと脱獄計画を知らせ、囚人達のほとんどがジーザスとルークの脱獄計画に賛同し、看守にばれないよう、労働時間、食事のわずかな隙を見てメモでやりとりを行い、計画はすべての準備を終えた。

「いよいよだな…手はず通りだろうな、ルーク」
「ああ、…後はお前次第だぜ、ジーザス」
「……ああ」

その日は数ヶ月に一回の健康診断の日。囚人達は手錠と足枷をされた状態で牢から一時的に出され、医者に診察をしてもらうのだ。その日がチャンスだとジーザスは考えた。

「全員一列に並べ!」
「妙な真似はするなよ!」

看守達が声を張り上げて囚人達を一列に並ばせる。皆、今はまだ落ち着いているが内心ではジーザスの合図を今か今かと待っていた。

「………」

ジーザスも列に並びながら看守達の様子を伺う。そして目線の先には最もこの計画で必要な存在になるあの女看守…ルーナがいた。

(今だ……)

一瞬の隙。看守達がジーザスから目を離していた一瞬。ジーザスは素早い動きで足枷、手錠をものともせずいきなりルーナの背後に回って彼女の首を手錠をつけた自らの手で捕らえた。

「あっ…!」
「!?貴様!オズボーン!」
「何をしているオズボーン!!!」
「動くな!!この女がどうなってもいいのか!?」

ジーザスはルーナを人質にとることが目的だったのだ。ただ囚人達だけで暴動を起こしても意味が無い。すぐに連れ戻されて終わる。ならば、看守達が手を出せない状況を作らなければならない。それにぴったりだったのがルーナ。看守達の中で唯一の女性、そして所長の娘という立場。

「うっしゃ、やるぜぇ!!」
「「「「「おおおおおおおおお!!!」」」」」」

ルークの一言で今までおとなしかった囚人達が一気に暴動を始める。突然の事態とあまりの大人数で看守達は即座に対処できなかった。囚人達は看守達を襲い、手錠と足枷の鍵を奪う。それによって解放された囚人達は一気に暴れ出す。

「ほら、ジーザス!鍵だ」
「助かったぜルーク!」

ジーザスに鍵を投げて渡すルーク。自らの手錠と足枷を外したジーザスはその手錠を人質にしているルーナにかける。

「っ!オズボーン!貴様よくもっ……!」
「ずっと俺がおとなしくしてると思ってたのかよ?…お前らに目にもの見せてやろうと思ってな」
「くっ…!」

暴動は最早止められない。看守達は皆囚人達に押さえつけられ、暴行まで加えられている。ジーザスはあたりを見渡し、囚人達に向かって叫ぶ。

「おいお前ら!!さっさとずらかるぞ!看守どもには手錠をつけて放っておけ!車と武器を奪え!!」

命令を受けた囚人達は言われた通り看守達に手錠をかけて車を強奪するために一斉に走り出す。ジーザスはルーナを肩に担ぐとそのままルークと共に走り出す。ルーナは必死にもがいたが、ジーザスから逃げることが出来ない。その時、彼女がずっと被っていた帽子がずり落ちかけていることにジーザスが気付く。

(…そういや、こいつの顔はっきりと見たことねぇや…)

ちょっとした興味だった。ジーザスはルーナの帽子をなかば剥ぎ取るようにして奪う。ルーナが一瞬びくりと震えたが、帽子をそのまま脱がすと流れるような金髪がこぼれ落ちた。

「!」

その容姿にジーザスは思わず動きを止めてしまった。いつも帽子の中にしまっていた金髪は肩までのセミロング、日に透けるような白い肌、宝石のように輝く青い瞳……ただの女だと思っていた彼女は、ジーザスが今までに見た中でも本当に美しいような女性だった。

(なんだ…思ってたよりも随分いい女じゃねぇかよ……)

こんなにも美しい女は珍しい。今までまわりにいた女達は裏世界に身を置く、どこか闇を持った女ばかりだった。姉、幼なじみ、娼婦、女殺し屋等…だがこの女は人を殺したこともない、汚れの無いような美しさを持っている。

「……ハッ、さんざん俺達をバカにしてきた看守がこんなにいい女だとはな…!一緒に来てもらうぜ、お嬢さん」
「ちょっ…離せ!オズボーン!!」

彼女を抱えて去ろうとするジーザスに対し、足下で看守達は身動きがとれずにルーナの名を呼ぶ。

「ルーナ!」
「くそっ…オズボーン!!」
「皆…!!」

ルーナが叫ぶがジーザスは彼女を抱える力をさらに強くしてそのまま走り去っていく。



「ジーザス、こっちだ!!」
「おう!」

既にルークと数十人の囚人達が囚人輸送車を強奪しており、武器も奪っていた。ジーザスはルーナと共に車に乗り込み、彼女を無造作に投げ下ろす。

「っ…」
「おーやっぱり連れてきたのか」
「大事な人質だ」

ルークがルーナを観察するように眺める。ルーナは顔を歪めてこの状況をひどく耐えられないといった表情だ。すると所内から騒ぎを聞きつけた看守と所長のジムが銃や棒を手に走ってくるのが見えた。その先頭にいるジムは今までに見たことの無いような険しい顔をしていたがその表情のどこかには焦りがあった。

「オズボーン!!貴様ら何をしているのかわかっているのか!!」
「ああわかってるさ!お前の娘を人質にしてここを抜け出すんだよ…世話になったな、極悪所長!!!」

ジーザスは開いたままのドアからルーナを引き寄せ、首に手を回し奪った武器の中にあった銃を突きつける。

「!」
「ルーナ……!!!」
「やっぱてめぇも父親だな、所長。いつもはほとんど会話しねぇくせに…やっぱり娘は大事かよ」
「お…お父さん………」

この危機的状況ではルーナもジムも刑務官という立場ではいられないのだろう。ルーナが小さく、若干震えた声でジムを呼ぶ。彼女がいる限り、手を出せないジム。ジーザスはそれを感じ、そのままドアを閉めて自ら運転席に座り、エンジンをかける。

「行くぜぇ、野郎ども!!!」
「「「「「おう!!!」」」」」
「…っ!!」

車は発信し、刑務所の金網を破壊して走っていく。ジーザスはハンドルを握りながら絶望の表情をしているルーナに言った。

「俺達が逃げ切るまで付き合ってもらうぜ、…女看守さんよ」
「……っ」

その日、ノイシュヴェルツ刑務所から脱獄に成功したのはジーザス・オズボーンとルーク・ジョーンズ率いる三十人弱の囚人達。所長の娘、優秀な刑務官であったルーナ・ブライアントを人質にして――……。


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