act.30 炎武のレイナ
「ルーナ!!!」
ルーナの手から放たれる氷の球体。
腕を負傷し、隙を見せてしまったジーザスへと向かっていく。
「ジーザス!!」
ルークの声が悲痛な叫びをあげる。
ジーザスはなかば諦めていたのかもしれない…。
ルーナになら殺されても構わない…心のどこかでそう思い、本気で逃げる事が出来なくなった。
興奮したようなマクリーチの姿が横目に映る。しかしそれさえ気にならない。ジーザスがふっと目を閉じた。
(…ルーナ……救ってやれなくて…ごめんな……)
しかし、意外なことが起きた。
ルーナの氷の塊は突然水蒸気となって一瞬にして消え去ったのだった。
「!?」
「なんだと…!?」
ダルクの目には、氷の塊がぶつかる瞬間に炎が見えていた。炎が氷を溶かし、水蒸気へと変えたのだ。
そしてもうひとつの異変。ジーザスの前にいつの間にか見知らぬ人物が立っていたこと。
その人物は女性で、胸元の露出したタンクトップに黒い上着を羽織った二十代後半くらいの女性。燃えるような赤いポニーテールが目を引く。
「…あらぁー、色々大変なことしてるわねぇ。大丈夫かしら、色男さん」
女性はにこ、と笑いながらジーザスを見下ろす。ジーザスはあまりのことに呆然として女性を見つめ返した。
「あ、アンタは…何者だよ」
「話は後よ。とりあえずあの子を取り返さないとね」
女性は強い眼差しになって目の前のルーナと、驚くマクリーチを見つめる。さすがのマクリーチも意表をつかれたようだ。
「…あなたは何者ですか?何故ここにいるのです」
「ちょっとした野暮用よ。知り合いに頼まれてね。強いクロノの暴走の気配を感じ取ったってやつよ。その子、渡してもらうわ」
女性は手のひらをルーナへ向ける。マクリーチの命令を受けたルーナは感情の無い瞳で再び氷の槍を作り出す。それを見計らったかのように女性の手のひらからふっと、炎が浮かぶ。
「!?火が…」
「あれは…まさか『炎武(えんぶ)』の体質能力!?」
間近で炎を目撃したジーザスは驚き、それを見ていたダルクが思わず叫んだ。
すると女性の手のひらから生まれた炎は瞬く間に巨大化し、ルーナの氷へと向かっていく。触れた瞬間、先程と同じように氷は炎によって溶け、水蒸気が生まれた。
それを見てジーザスは察した。この女性は『炎武』の体質者…つまり、ルーナの氷とは真逆の、炎を生み出し操る力なのだと。
ルーナ、ダルク、レンの次に現れた新たな体質者。
「ほら、もういっちょ!『フレアボール』!!」
女性が火の玉を作り、ルーナへと打っていく。殺すつもりは無いようで殺気は無いがルーナの氷が全く歯が立たず、次々と溶けていく。
「くっ…炎武の能力か…!」
押されているルーナを見てマクリーチは顔をしかめる。そしてルーナが一瞬氷を生み出すのが遅くなった瞬間があった。女性はそれを見逃さず、炎をルーナの間近の配水管に直撃させた。途端に水がこぼれ落ち、それに気を取られたルーナとマクリーチ。
次の瞬間、ジーザスとダルクが走り出し、ジーザスがルーナの首に手刀をあてて気絶させ、ダルクがマクリーチを殴り飛ばし怯ませる。
「よし、逃げるわよ!」
「お、おお!」
またもや女性の一声でジーザスは気絶したルーナを抱え、ダルク、レン、ルークと共に走り出す。素早く研究室から去っていったジーザス達を見てマクリーチは顔をしかめた。
「…全く、とんだ邪魔が入ったものだ……炎武の体質者ですか……ふふふ……しかしもう遅い…。ルーナ・ブライアントは……もう二度と正気には戻らない。私の研究の成果だ……」
「…で、誰なのよこの女は!」
「俺だって知らねえよ…!アンタ一体何者なんだ?」
病院外で車を用意し、待機していたホミリー達と合流したジーザス達…と、謎の女。ホミリーは突然現れ、車にまでついてきた女性を疑っているらしい。
車にいたのはムイとホミリーだけで、カリブは別の場所で追っ手にばれないよう別の車に変える手筈を整えているらしい。
「アタシ?レイナ。レイナ・アリアダスト」
「……どうして俺達を助けたんだよ」
「さっきも言ったけど知り合いから頼まれたのよ。アタシの知り合い、体質者が能力で暴走する気配を察知できんの。で、その子を見つけた」
レイナと名乗る女性は陽気そうに笑いながらジーザスを見る。車内ではジーザスが気を失っているルーナを膝に寝かせながらレイナの話を聞いていた。彼女の話は簡単に信用できない。体質者の暴走する気配を察知できる、等そう簡単に信じられないし、なにより体質者の事をほとんど知らないのだ。
「…信用してないって顔ねえ」
「……当たり前だろ」
いかにもうさんくさいと言った顔でジーザスはレイナを睨む。そうこうしているうちに車は病院から離れた路地へ停まる。
そこではカリブが大人数用の大型車を用意して待っていた。
「よう!ルーナは」
「…車内で説明する。コイツに助けられてな」
ジーザスがルーナを抱え、大型車の車内へ乗り込もうとする。カリブがジーザスの言う『コイツ』…レイナを見た瞬間。目を見開いて一気に硬直。
「?どうした、カリブ」
「……な、な、なんで………テメェッ……」
「うふふ、カリブ♪お久し……ぶりねェェ!!」
「ぐほぉぉあぁぁぁ!!!」
笑顔のレイナは突然カリブをその拳で殴り飛ばしたのだった。
あまりのことに今度はジーザス、ダルク、レン、ルーク、ムイ、ホミリーが硬直。
「………え」
「なにこれ…っていうかアレ?知り合いなのぉ?」
ようやく口を開いたのはルークとレンだった。
「もちろん♪だってカリブとアタシ、『元夫婦」だもーん」
「………ん?」
「…もと、ふうふ?」
元夫婦。元がつくということは今は別れている。……夫婦?
ヴァレリアスのカジノ王と、この派手な炎武の体質者が……。
「……はぁああああああ!!!?」
「も、元夫婦!?どういうことだよカリブ!!」
「アンタ結婚してたの!?しかもこんな派手女!?」
一気にカリブに詰め寄るジーザス、ムイ、ホミリーの幼なじみ三人衆。
カリブも突然のレイナの登場に驚きを隠せないらしい。
「い、いやこれはっ…」
「アタシ達、一年前まで結婚してたのよ。コイツの女問題とかで別れちゃったけどねぇ。うふふ、今はこんな子達とつるんでるのねぇー」
どことなく嫌味たっぷりでにこにこ笑うレイナ。カリブは思いきりレイナから距離を取っている。
「な、なんでお前ここに…!」
「いいからちょっと早く車乗りなさいよ。ちょっと長くなるんだからさ!」
レイナの意外な正体…色々と彼女から聞くことは多そうだ。
ジーザス達は大型車に乗り、車内で話を聞く事にした。
「……アタシは、体質者を救うためにヴェルヌへやってきた。それで見つけたその子だけど……ちょっと厄介なことになってんのよ。……あのおかしな研究者がその子に色々したみたい。おそらくさっきのあの子の状態、そして今も……『ダークリスト』になってるわ」
「…?ダークリスト?」
聞き慣れない言葉にダルクが聞き返す。体質能力を使い、殺し屋として長年活動しているダルクさえ聞いた事が無い単語だった。
「体質者が己の能力を保持できず、力が暴走して自我を失った状態よ。無差別に人を襲い、自らをも傷つけるほどの凄まじい体質能力を暴発させる」
「…!力が暴走…」
ジーザスは先程のルーナを思い浮かべた。まさに自我が無く、ひたすらに能力を放ちまくる。それがダークリスト…体質者の成れの果て。
「…じゃあルーナが…そのダークリストってやつだっていうのか?元に戻るのか?」
「……ダークリストは一度なってしまえばもう戻らない…って言われてる。ただ、アタシの知り合いがダークリストの研究をしてる。…そいつだったら、なにかわかるかもしれないわ」
「……なぁ、そのダークリストってやつ…治らなかったらどうなるんだ?」
一番気になることをムイが聞いた。ダークリスト…それはいずれどうなるのか……。今のルーナがダークリスト状態ならこのまま放っておいたら…。
「……ダークリストは最終的に己の力を全て使い果たして死ぬ…」
「!?そんなっ…!!」
思わずジーザスは叫んだ。もし何も対処方法が無かったら…ルーナは二度と笑顔を取り戻さないまま、壊れたまま…死んでしまう。そんなことは絶対に認められない。
「いやだ…そんなの…!俺はルーナが幸せになれると思って…!それで別れたんだ……俺は…ルーナの笑顔をもう一度見たい!救ってやりたい……!!」
悲痛な叫びだった。ルーナの笑顔が忘れられない。このままルーナを死なせるなんてことは絶対にしたくないと。そんなジーザスの姿を見てレイナは真剣な目を向ける。そして未だびくびくとしているカリブを見た。
「カリブ」
「!な、な、なんだよ」
「…『アイツ』に会いに行くわよ。アンタの大嫌いなアイツにね」
「…!えっ……ま、まじかよ」
「この子を救えるとしたらアイツしかいないでしょ?」
「………そうだな……きついけど…ルーナはいい女だからな。助けるしかねぇ」
どうやらルーナのダークリスト状態を治せるかもしれない希望…その相手はカリブが苦手としている人物らしい。
「メガネ君、車を港へ回してくれる?」
「え、港?」
運転していたムイにレイナが声をかける。
「ヴァレリアスへ向かうのよ」
「ヴァレリアスへ?…ルーナを治せるかもしれない奴はヴァレリアスにいるのか」
以前カリブを仲間にした時に行った北の大国ヴァレリアス。一年中寒い気候が続く土地。そこにいる人物がルーナを救える可能性がある。
「偏屈で気難しくて人間嫌いの陰険だけど、なんとかしてくれるかもしれないわ。………行くでしょ?」
「……そんなの、決まってる……レイナ、連れて行ってくれ!そいつのところへ……ルーナを救いに!!」
強い眼差しと言葉のジーザス。レイナは満足げに笑った。
「…オーケー、いいわ!じゃあ行くっきゃないわね?カリブ」
「……はぁ……またアイツに会うのか……」
いつも豪快なカリブがものすごくネガティブになっている。一体どんな相手なのか……。不安はあれど、ルーナを救えるのなら……ジーザスの瞳は決意に満ちていた。
(ルーナ…必ずお前を救ってみせる……たとえ、俺の命をかけてでも…!)