act.31 陰険科学者あらわる

ヴァレリアスの田舎町。寒々しい空気が漂い、人の気配はほとんど無い。
このあたりは人がほとんどおらず、住み着く者は人間嫌いか、後ろめたい過去を持っている者達ばかりとの噂もある。カリブがいた首都ブリージアの者達は滅多に近寄らないと言う。

「そこの奥の家よ。『ソイツ』が住んでるのは」

道案内をするレイナについていくジーザス達。ダークリスト化を治す事が出来るかもしれないその人物は相当の人間嫌いらしく、今回同行するのは少ない方がいいとのことで、レイナ、カリブ、ジーザス、そしてジーザスに背負われているルーナのみ。未だルーナは目覚める事が無い。ダルク、レン、ムイとホミリーはブリージアで待機することになっている。
そんな一行はやがて薄汚い一軒家にたどりついた。ヴァレリアスの冷たい風が家をすっぽり包んでいるような、寒々強い印象の家。どうやら目的地はここらしい。

「おーい、バカハザードー!エレーナー!アタシよー!客連れて来たのー!あーけーてー!!」

あたりに響くような大声でレイナは家の扉をノックしながら叫ぶ。
しばらくの間、何の反応もない。まさかの留守か…と、後から突いて来たジーザスは不安げな顔をする。しかし、レイナは相変わらず呼び続け、その度にカリブの顔色はどんどん悪くなって来る。

「な、なあカリブ…そいつってどんな奴なんだ?」
「聞くなジーザス…すぐわかるから……」

げんなりとしたカリブの表情を見るとその後は追求できない。すると、ようやく事態が発展した。扉が軋みながら、小さく開いたのだ。そこからわずかに顔をのぞかせたのは意外にも若い女性だった。

「……レイナ……?」

か細い声。パッツンに切り揃えられた黒い前髪からのぞく青紫の瞳。そして異様に白い肌。ルーナのような健康的な白さではなく、まるで作り物のような不健康そうな肌色だった。だが、全体的に漂う雰囲気は幸の薄い美人、といった印象。

「エレーナ!やぁっと開けた!あの陰険、中にいるんでしょ?話があんのよね」
「…お客……レイナが連れて来た、ってことは……大丈夫、よね」

間隔を開けて話すのが少し気になるが、彼女はレイナと知り合いらしく、彼女の連れならということでジーザス達を受け入れてくれるらしい。そこで初めて扉を大きく開いた。
全身が明らかになると、より一層儚い美しさがわかった。黒髪は長いポニーテールでまとまり、まるで競泳水着のような不思議な服にレッグウォーマーとアームウォーマー。顔色の悪さもあり、まるで「幽霊」のようだとジーザスは思った。

「ジーザス。彼女はエレーナ。『あいつ』の助手よ」
「……初めまして」
「あ、ああ。初めまして…」

小さく挨拶をしたエレーナにジーザスは慌てて返した。人形か幽霊かのようだと考えていた矢先に当人に話しかけられて驚いたためだ。どうやら彼女はその目的の人物ではないらしい。

「じゃ、入るわよ」

レイナはさっさと室内へ入っていく。そこで初めてエレーナはジーザスがルーナを背負っている事に気付いたらしく、扉を開けておいてくれたため、ジーザスも続いて室内へ入った。
中は日の光がほとんど入らず、薄暗い。そして目につくのは足下やデスクの上に散らばる書類と、フラスコや試験管等化学実験に使うような機材。
奥にも部屋があるようだが、少なくとも入ってすぐのここには誰もいない。

「相変わらずの部屋だぜ…」
「ハザード、どこよー!?」

カリブは呆れたようにつぶやき、レイナは目的の人物を呼ぶ。その間、ジーザスはふとデスクに置かれた書類に目をとめた。

(…体質者……ダークリスト……)

長々と文字が綴られているが、ジーザスの目にはその二つの単語が見えた。おそらく、本当にこの家の主は体質者とダークリストについて詳しく調べているのだろう。
その時、突然新たな声がした。

「…勝手に人の物に触るな」
「!」

低い男の声だった。ジーザスが振り返ると、奥の部屋から一人の長身の男が出て来た。くすんだベージュの長い髪を後ろで雑に結び、全体的に痩せて顔色が悪く、眼鏡をかけた男。その眉間には皺が寄せられ、突然の客を快く思っていない表情だった。

「…なんだ、コイツらは……」
「アンタに聞きたいことがあってアタシが連れて来た客よ。ブリタナ島のオズボーンファミリーのボスさん」
「…オズボーンファミリー……噂には聞いたことがある連中だな。だが俺には関係のないことだ……」
「相変わらず愛想が無いわねぇ。ああ、ジーザス。こいつが体質者専門の科学者、アタシの古い知り合いのハザード・ディザリウス。これでも昔はヴァレリアスの体質者研究所でトップクラスの研究をしてたのよ。体質者の事でこいつ以上の知識を持ってる奴は世界に誰もいない…まあ人間嫌いで陰険だけどね」
「変人だな」
「黙れ、変人夫婦が…」
「あぁ!?」

ハザードというその男は舌打ちをしながらレイナとカリブをまとめて「変人夫婦」と言う。どうやら本当に変人なのは間違いないらしい。

「てめぇは昔っからムカつくなぁ…ハザード!」
「……騒がしい。貴様らが来る時はいつも厄介な事を持ち込んで来るからな……」
淡々と言うハザードは一目ちらっとジーザスを見た。すると、背中に背負っているルーナに気付く。

「…その女は?」
「その背負ってる子。ヴェルヌ政府の科学者に捕まって、ダークリストになっちゃったのよ」
「………そうか……また被害者が増えたか」

悲しげに呟くハザード。彼はエレーナに顎でさすように指示をすると、それを理解したエレーナはジーザスに近付く。

「…その方を、そちらのベッドに」
「あ、ああ」

ジーザスはエレーナに促され、そばのベッドにルーナを寝かせる。あれからルーナは一度も目を覚ます事は無い。その原因はマクリーチの実験によって能力が暴走し、ダークリストとなったこと……。
そこで初めてルーナの顔をまともに見たハザードとエレーナは、今までの表情を一変させた。

「!」
「……!?」

まるで信じられないものを見たというような表情。だがすぐにハザードは落ち着きを見せ、エレーナはまだわずかに動揺を見せている。

「……その人は…」
「…俺の………いや、オズボーンファミリーの『客人』…ルーナだ」

ジーザスは何かを言いかけてやめた。ルーナが自分のなんなのかが一瞬わからなかったのだ。ハザードはルーナに近付き、額に手を当て、手首を握る。それだけ見ていると一般的な医者の診断のように見える。

「………典型的なダークリスト症状の一つ…能力暴走の果てに意識不明となり、永遠に目覚めぬ植物状態……」
「…治るのか」

不安げにジーザスはたずねた。

「………ダークリストが助かる方法は未だ…無い」
「そんなっ…お前、体質者の科学者なんだろ…なんとかなんねえのかよ!!」

ルーナを心配するあまりに焦るジーザス。すると、ハザードが強い眼差しでジーザスを睨む。

「黙れ……ダークリストは体質者の成れの果て…その強すぎる力は毒となる……それを救うのが、俺の目的だ。……素人の貴様に何がわかる」
「……っ」

なんて目だ。ジーザスはハザードの眼鏡の奥の鋭い瞳にわずかに恐れを感じた。

「………エレーナ、アレを」
「…えっ、でも……」
「意識不明のダークリストに効くよう調合した。……他に方法があるか」
「…はい」

エレーナは棚の奥から何かを漁る。ジーザスはそれがなんなのか気になった。エレーナの反応を見る限り、万能薬ではないと感じたからだ。

「その薬で治るのか…?」
「俺が調合したダークリスト用の薬だ。だがまだ完璧とは言えない……効果もまだ未知数だ。」
「そ、そんないい加減なっ……」
「では、体質者研究素人の貴様と、長年研究してきた俺と…どちらがその娘を救える。貴様にこの娘を救える可能性はゼロ……だが俺にはわずかでも可能性がある」
「……っ」
より一層ジーザスの不安は広まる。しかしレイナをはじめ、ハザードを知っている者達は非情に冷静。それほど彼の腕を信用しているのだろう。エレーナは棚から青い液体が入った細長い瓶を出し、ハザードに手渡す。

「この薬を打てば……理論上、体質者のダークリスト化を消滅させ、容態を安定させる。……俺が十五年かけて見つけた答え……」

十五年という歳月が気になったが、彼が長い時間をかけて調合した薬のようだ。それが本当に効くなら…ルーナが目覚めるなら…。

「……わかったよ。……頼む、ルーナを…ルーナを助けられる可能性があるなら…その薬を使ってくれ……ルーナに…もう一度笑ってほしいんだ……」
「…………」

ハザードはジーザスを見ると、薬の瓶を注射器に移す。

「……俺はもう二度とダークリストで人を死なせない」
「えっ…」

誰に向けて言った言葉なのか、それとも己自身に向けたのか…ハザードは注射器をルーナの腕に刺していった……。


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