act.6 二人の関係

ルーナは朝日の光を受けて目を覚ました。見慣れない天井に、ベッドの上で寝ている自分…。窓から差し込む朝日に目を細め、ルーナは横になりながらあたりを見る。すると、ベッドサイドの椅子に腕を組みながら座り眠っているジーザスがいた。

(私…一体…何が…?)

記憶を蘇らせていくルーナ。

(そうだ…私、手首を切ったのに…)

シーツから手首を出して見ると、包帯が巻かれていた。どうやらまわりを見る限り、ここは医療機関。死んでこの屈辱から逃れようとしていたのに…。まさか、ジーザスがここまで運んで来たのだろうか。ルーナは眠るジーザスを見つめる。寝顔はとても凶悪犯には見えない。むしろ顔立ちは良い。世間一般的にはハンサムだと言われる顔立ちだろう。

(けれど相手は殺人犯なのよ…何故私を助けたのかしら…)

すると、老夫婦の妻の方が起きてやって来た。

「あら、起きたのね」
「あ…すいません、私…」
「そこの方がね、あなたを背負って来たのよ」
「え…彼が?」

凶悪な犯罪者が自分を背負ってここまで連れて来たという事実がルーナには信じられなかった。ルーナは再びジーザスを見る。

「彼が目覚めたらお礼を言ってあげなさいね」
「………」

妻は微笑んでその場を去って行く。ルーナは体を起こし、ジーザスを見つめる。すると、ジーザスがふっと目を覚ました。

「……なんだ、起きたのか」
「…何故、助けたの」
「…人質に死なれたら困る……」

静かにジーザスは呟く。

「…私は死にたかったのに……」
「…お前の処置が済んだらこのまま港町ラングルトに向かう。ラングルトから船に乗り、俺達はブリタナへ向かう…」
「…ブリタナ…」

ルーナも名前くらいは知っている。ヴェルヌの南西にある島で、自然が多い地だ。そして何より、昔からオズボーンファミリーの領地だということが周知の事実だった。つまり、ジーザスは自らの領地へ帰るということだ。

「…その時まで、お前を人質にして生かす。そんなに死にたいなら…港でお前を殺してやる」
「……」

人質として屈辱を受け続けるくらいなら死を選ぶ、それがルーナの願い。そんなルーナを見てジーザスも決意する。それがマフィアとしてのやり方だ。



三日後、治療を終えたルーナを連れ、ジーザスは医院を後にした。ルーナは抵抗する気もなくしたようにただジーザスについていく。手錠もしなかった。廃工場に戻ると、既に囚人達は盗んだ服に着替え、いつでも旅立てる状態だった。ルークがジーザスに言う。

「おっ帰って来たな。……で、そいつ…手錠はしないでいいのか?」
「…もう逃げたり、自殺はしねえそうだ。…ラングルトで船に乗る前にこいつを殺す」
「…そうか、お前に任せるよ」

ルークは人を傷つけることをあまり良しとしない性格だった。だからこそ、今回の計画でルーナを人質にすることも内心では否定的だったがそれを口にしてジーザスとの仲を損ねることを嫌がり、何も言わずにいた。

「今からすぐラングルトに出発する!車を出せ!」

ジーザスは囚人達に叫ぶと、彼らは返事をして車のエンジンをかけた。そんな姿をルーナはまるで他人事のように見つめるしか無かった。



彼らがラングルトに着いたのはその日の夜だった。夜の港町は意外と騒がしい。船乗り達が酒場で騒ぐ音が街の入り口まで聞こえる。ジーザス達はここからそれぞれ行きたい場所へ逃亡する。そのためには、会わなくてはならない人物がいた。
ジーザスはルーク、ルーナ、そして数人の囚人達を連れて港の側にあるレンガ造りの縦に長い建物へ向かう。そこはヴェルヌとブリタナを運行するフェリーのチケットを売るB&Vという小さな会社である。ジーザスは扉を開けると、すぐに見えたのは受付に座り、本を読む眼鏡をかけた高齢の老人だ。老人は扉を開けたジーザスを見て心底驚いた顔をする。

「!おお、ぼっちゃん」
「お久しぶりです…マクスウェルさん」
「どうした、どうしてここにおる…お前さん、ノイシュヴェルツに捕まっていると聞いたが」
「ゆっくりと話をしたいんだが…とりあえずの目的は、ブリタナへ行きたいんだ。偽造証をお願いしたい」

ルーナは二人の会話を聞きながら老人を見ていた。白髪頭に、温厚そうな表情、ゆったりとしたベストを着た、全く裏世界と関わりがなさそうな人物。

(この老人も裏世界の人間なのかしら…ジーザス・オズボーンとこうして親しげに話しているのだからきっとそうなのだろうけど…)

そうルーナが考えている間にマクスウェルという老人達は彼らを部屋の奥へと案内した。そこは温かいストーブがついており、木製の家具達が温もりを感じさせる。そしてふとマクスウェルはルーナを見たが、声をかけてはこなかった。
ジーザスがソファーに座ると、話を切り出す。

「俺達は…脱獄をした。この女は人質の看守だ…」
「……そうか。……あなたは、とても辛い思いをしたでしょうぞ……」
「…えっ」

突然声をかけられ、ルーナは驚いた。マクスウェルは心底悲しげに、ルーナを気遣った態度だ。

「あなたはきっと彼らやわしを憎むじゃろう……許しはしないじゃろう。…わかっておる。しかし、どうか感じ取ってはくれまいか。…けして、わしらは…オズボーンファミリーに忠誠を誓う者達は、何の理由も無く、人を傷つけたりはしない」
「………」

そう訴えるマクスウェル老人はとても犯罪者には見えなかった。そして、ジーザスは俯いたままルーナを見ない。後ろの方で囚人達は個人個人の会話をしていたけれど、少なくともジーザス、ルーク、マクスウェルはルーナに対してどことなく申し訳なさそうな、罪悪感のような気持ちを感じていた。強いて言うなら、相手を自分の勝手な都合で傷つけたり、巻き込んだりした際に面と向かっては謝れないが微妙な雰囲気になる、あの感覚。そんな雰囲気にルーナは何も言えなかった。そしてジーザスはそんな雰囲気を変えるようにマクスウェルに切り出した。

「……ブリタナへ向かうためには証明書が必要だろう。俺達は脱獄犯だ。勿論持っちゃいねぇ。それに証明書を持っていたとしても、調べりゃ本名と顔写真で一発でブリタナへ逃げたとばれる。だが、アンタなら…写真も本名も全く別の誰かになりすましてブリタナへ渡航するための証明書を作れる。そうでしょう」
「…確かに。それは可能じゃ。証明書無しでブリタナへは渡れんからな………しかし、彼女はどうする?」

マクスウェルがルーナを見てからジーザスを見る。すると、ジーザスは一度目を伏せ、再び開けると言った。

「…こいつは、今晩俺が殺してやると約束した」

その言葉にマクスウェルは一瞬目を見開き、「…そうか」とだけ呟き、ルークは目を伏せた。

「…なあ、ほんとに殺すのか?そいつ…さすがにそれは」
「何言ってんだルーク。…もう俺達には必要ない……」
「………」

場が何故か重くなる。実際そういう空気になっているのはジーザス達だけで、他の囚人達はいよいよ逃げ切り、新たな人生を歩み出す事に歓喜していた。この場の状況を理解していなかった。ルーナの目はどこか虚ろで、もうわずかに迫った死を覚悟しているような感じでもあった。


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