act.8 希望の地ブリタナ
ヴェルヌからブリタナは船で三十分の距離だ。一応、ヴェルヌ領土ではあるが昔からオズボーンファミリーが統括している地のため、政府もなかなか表立って手が出せない。一般人からは観光地としても知られているが、オズボーンファミリーには関与しようとしない。
ルーナは船の甲板から海の向こうに見えるブリタナの島を見る。緑の木々が生い茂っている様子が確認できた。
(あれがブリタナ…オズボーンファミリーの支配する島…)
これから何が起きるのか、ルーナは思わず息を飲む。すると、隣にルークが座って来た。
「!…何の用」
「いやーまさかあのジーザスがアンタを生かしてブリタナに連れて行くなんて意外だったからさ、今まで悪かったなー。あ、俺今更だけどルーク・ジョーンズね。よろしく、ルーナ」
「気安く名前を呼ばないで、私はあなた達と馴れ合うつもりは無いって言ってるのよ」
警戒を強めるルーナ。彼女はまだジーザス達を信用しているわけではない。そんな様子をにこにこと見るルーク。彼は基本的に女性にも優しい。するとジーザスがそこにやってくる。
「まあ、お前の事はマクスウェルさんが島の連中に連絡してるから別に隠す必要はねぇから」
「…ブリタナの人々は私の事を追い出そうとするんじゃないの」
ブリタナは犯罪者達の集まる島だと聞いていた。看守のルーナが行けば彼らの憎しみを買うのではないか…ルーナはそれを危惧していた。
「…そこが一番最初にお前が考え直す点だな」
「えっ?」
「ブリタナに住んでる奴らはそんなことを気にしちゃいない。まあ時折そういう奴はいるが、ほとんどだ。それに……お前は俺が面倒見てやるから安心しろ」
「……」
何故か、少しだけジーザスが表情を隠したように見えた。
(それって…私を守るってこと?)
やはり、彼はどこか優しいのだ。それは脱獄して間もない頃から感じていたこと。ルーナのジーザスに対する感情が少しずつ変わっていく。
すると船の船長が声を上げた。
「ブリタナが見えたぞー!」
三人が海を見れば、ブリタナがもうすぐそばに見えていた。そしてほぼ同時に朝日が昇り出し、ブリタナを照らし始める。そこは、人々が希望を持ち訪れる島……。
「…希望の地、ブリタナだ」
ジーザスの言葉通り、朝日に輝く大きな島は希望に輝いているように見えた。
カモメが数多く鳴き、空を舞う朝のブリタナ。漁から帰って来た漁師達が今回の漁の成果を引き上げたりしていた。ジーザス達は港に上陸し、港で迎えを待つことに。
「ここがブリタナかぁーっ、自然が多いとは聞いてたけどいい街だな」
「…ここが…ブリタナ…」
ルークとルーナはあたりを見渡しているが、ルークは好奇心溢れた目で、ルーナは不安が入り交じった目をしていた。すると、港に立派な黒塗りのリムジンが走ってくる。あまりにも場違いな車だが、ジーザスだけが冷静だった。
「迎えが来たな」
そして車から先に降りて来たのは、黒いスーツ姿の老紳士だ。とても落ち着いた雰囲気で、執事という言葉が似合う老人。彼は頭を下げ、ジーザス達に言った。
「ぼっちゃま、お久しぶりでございます。マクスウェル様からお話は伺っておりましたのでお迎えに参りました」
「ああ…よく来てくれたな、チャールズ」
ジーザスと、チャールズという老紳士の会話をルーナ達は見ているしか無い。すると、チャールズがリムジンの扉を開け、後部座席から誰かが出て来た。扉から真っ先に見えたのはとても美しい生足。その様子にルーナとルークがぎょっとして驚き、ジーザスは深いため息をついた。美脚が地面に足に着き、そして豊満な胸が現れる。車の外に出て来たその人物の全貌が明らかになった時、その美しさにルーナ達は息を飲んだ。
「ハァイ、久しぶりねジーザス」
「…なんでいるんだよ、姉貴………」
「『姉貴』!?」
「お、お姉さんなの!?」
「ふふっ、ほんとに脱獄してきたのね?」
謎の女性はジーザスの姉なのだという。その衝撃にルーナ達は驚きを隠せない。自信ありげに笑う美女は確かにジーザスと同じ髪と目の色を持っている。弟と同じ黒髪はウェーブがかった長髪。そしてよく見れば彼女の顔立ちはジーザスと瓜二つであった。しかし、何よりもそのスタイルの良さが際立って美しく見えた。
「アンタ達、仲間のルークと看守のコでしょ?アタシはビーナス、コイツのお姉様☆よろしくね」
「お前にこんな美人な姉さんがいたなんて…!」
ルークは驚きすぎて苦笑い状態。ルーナは唖然だ。ビーナスという女性はジーザスと外見こそ似ているが性格は真逆のようだ。ジーザスは呆れた表情で姉を見る。
「…で、姉貴!なんで帰って来てんだよ…」
「お姉様とお呼びなさいっ!!!」
「ゲフッ!!!」
突如として姉が弟を殴り飛ばし、ルーナとルークは驚愕してしまった。美人で明るい女性とだけしか思っていなかったのにまさかの凶暴性を見た。殴り飛ばされたジーザスはすぐ起き上がり、怒鳴る。
「何すんだよ!!!」
「アンタねえ、刑務所でちょっとは素行良くなったかと思ったら全然じゃない!ああもう馬鹿な弟を持つと苦労するわぁ〜」
「んだとこのクソ姉が!!」
「何よ!!」
いきなり始まった姉弟喧嘩。ルーナは始めて見る「世界的に恐れられるマフィアの子息、息女の喧嘩」にびっくりしてしまったのだ。それにルーナには兄弟がいないため、こういった兄弟喧嘩というものを初めて目にして余計に驚きを隠せないのである。それにしても、一般人より多少激しい気はするが…。
「で、パパが島に来てんのよ!!アンタ達が来るって聞いてね!」
その瞬間、ジーザスの動きが止まった。父親という言葉を聞いた瞬間だ。
「…親父が……」
「アンタと会いたいって言ってたわよ。だからアタシがわざわざ迎えに来てやったんじゃない」
「………親父と会えってのか」
「…アンタが脱獄してここに来たって事は…そういうことでしょう?パパと話をするつもりだったんでしょう、覚悟を決めなさいよ」
先程とは打って変わった雰囲気にルーナはジーザスの背中を見るしか無かった。
(…ジーザス・オズボーンの父親……オズボーンファミリーの現ボス…アーロン・オズボーン……世界で恐れられる男…)